もはや孤高のアーティストと化したデヴィッド・シルヴィアンの「ブレミッシュ」に続く傑作が本作品「マナフォン」です。2009年に自身のレーベル、サマディサウンドから発表されました。パッケージから何から恐ろしいまでにアーティスティックな作品です。

 この作品の制作は「ブレミッシュ」の直後に始まっています。完成までの間に「スノウ・ボーン・ソロウ」が出来上がっている計算になります。並行していくつかのプロジェクトを走らせていた頃ですが、「マナフォン」こそがシルヴィアンの進む道のど真ん中に位置します。

 「デッド・ビーズ・オン・ア・ケーキ」に顔を出したフリー・インプロヴィゼーションを追求する道は、「ブレミッシュ」で大きく花開き、「マナフォン」で完成したように思います。多くの「革新的音楽家」を起用したサウンドスケープは圧倒的な完成度をみせています。

 本作品の制作過程では、まず参加アーティストがフリー・インプロヴィゼーションを行います。次にそれをシルヴィアンが持ち帰り、しばらく寝かしておきます。最後に、演奏に耳を傾け、その場で歌詞を書き、歌メロの感覚をつかむと、すぐに歌を入れて完成となります。

 こうすることでシルヴィアンのボーカルもインプロヴィゼーションに極めて近く、フレッシュかつ直観的なプロセスをとることができるわけです。歌が最初でそれに演奏をつけるというアプローチではありません。即興演奏に深い理解がないとできない芸当です。

 参加アーティストは大きく三つに分けられます。まず、即興演奏の老舗ともいうべき英国のAMMの関係者を中心とするロンドン組で、AMMのメンバー経験のあるキース・ロウとジョン・ティルベリー、デレク・ベイリーとの共演も多いエヴァン・パーカーなどです。

 二つ目はウィーン組。こちらはウィーンの即興演奏グループ、ポルヴェクセルからウェルナー・ダフェルデッカーとグルカード・スタングなどが参加しており、シルヴィアンと親交の厚いクリスチャン・フェネスによる縁つなぎがあったようです。

 そして最後は東京組です。参加しているのは大友良英、サチコM、秋山徹次、中村としまるの四人です。幅広いジャンルで活躍する大友はともかく、他の三人は音響系と言われるフリー・インプロヴィゼーションの新たなジャンルを築いたアーティストとして名前があがります。

 音響系はEAI、エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーションとほぼ同義であると思われます。即興演奏とエレクトロアコースティック音楽を融合させたものという分かったような分からないような説明が加えられますが、要するに「マナフォン」そのものです。

 こうしたアーティストによる無調ともいえるサウンドと響きあうシルヴィアンのボーカルは逆にメロディアスです。深い響きのシルヴィアンの声はこの世のものとも思えないサウンドに絶妙に絡まって美しい世界が現出しています。これは凄いです。大傑作としか言いようがない。

 多くの人が「もののけ姫」を思い浮かべるであろうジャケットのアートワークも秀逸です。深い森はサウンドに満ちています。それを思うとここで聴かれる即興演奏はむしろ自然に近い。深遠な森の中から響いてくるようでいて都会的でもあるという不思議なサウンド世界です。

Manafon / David Sylvian (2009 Samadhisound)

参照:"On The Periphery" Christopher Young



Tracks:
01. Small Metal Gods
02. he Rabbit Skinner
03. Random Acts Of Senseless Violence
04. The Greatest Living Englishman
05. 125 Shperes
06. Snow White In Appalachia
07. Emily Dickinson
08. The Department Of Dead Letters
09. Manafon
(bonus)
10. Random Acts Of Senseless Violence (remix)

Personnel:
David Sylvian : vocal, guitar, keyboards, electronics
***
Burkhard Stangl : guitar
Keith Rowe : guitar
秋山徹次 : guitar
Christian Fennesz : laptop, guitar
大友良英 : turntable, guitar
Werner Dafeldecker : bass
John Tilbury : piano
Evan Parker : sax
Franz Hautzinger : trumpet
Marcio Mattos : cello
Michael Moser : cello
Joel Ryan : live signal processing
中村としまる : no-input mixer
Sachiko M. : sine waves