ヒカシューのサード・アルバム「うわさの人類」です。前作は前々作からわずか5か月後に発表されていますが、本作品はその10か月後ですから、まあまあ通常のペースに戻ったといってよいでしょう。それでも十分に短いインターバルですけれども。

 本作品が紹介される時は、必ずトッド・ブラウニング監督の映画「フリークス」に感銘を受けて製作されたというエピソードがついてきます。「フリークス」は1932年に公開されたアメリカ映画で見世物小屋のスターたちが実際に出演する衝撃的な映画です。

 今でこそDVDで簡単に手に入れることができますが、本作品が発表された1981年当時はそもそもDVDなどありませんでしたし、日本の映画館で公開もされていませんでしたから、話には聞くけれども、実際に見たことがあるという人はそう多くはなかったはずです。

 ただ、この当時小さな会場で前衛映画祭りのような催しが結構開催されており、そうした形での上映はありました。私もそこで見た口です。草間彌生の「水玉消滅」、ハンス・リヒターの「金で買える夢」、ルネ・クレールの「幕間」とか。とても懐かしいです。

 「フリークス」には確かに感動させられました。最後にフリークスたちが立ち上がるシーンには本当に熱くなったものです。ヒカシューがこの映画に感銘を受けたというのも当然といえば当然です。だれしもが一度は見ておくべき映画だと思います。

 本作品への影響が具体的に表れているのは曲名です。「予期せぬ結合」、「アウトキャスト」、「小人のハンス」、「恋人たち」、「新しい部族」などなど。アルバム・タイトルである「うわさの人類」もそこはかとなく映画の影響なのかもしれません。

 さて、本作品でのヒカシューにはドラマーが正式加入しています。デビュー作でドラムを叩いていた泉水敏郎です。泉水は8 1/2やハルメンズのオリジナルメンバーだったドラマーで、戸川純の「好き好き大好き」を作曲した人です。ヒカシューとの相性は抜群です。

 確かにそれまでヒカシューはライヴではドラマー不在でしたけれども、レコードではドラムがちゃんと入っていましたから、ドラマーが加入したからといってサウンドががらりと変わるわけではなさそうです。しかし、ゲストとメンバーは違うのでしょう。かなりロック的になりました。

 ジャケットにはこの年に戸川純、上野耕治とともにゲルニカを結成する画家、太田螢一が起用されました。この変態なジャケットのインパクトは大きかったです。サウンドのトーンもこのジャケットによって決まってしまったかのようです。これも映画の影響かもしれません。

 もはやテクノ・ポップ的な要素は大きく後退し、ヒカシュー独自の世界がますますディープに展開されるようになってきました。タンゴのリズムやエキゾチカ系、現代音楽風とサウンドはますます地下演劇的になり、巻上公一の朗々とした歌声は大正時代を思わせました。

 NHKの教育テレビでヒカシューのドキュメンタリー番組が放映されたのもこの頃です。確かにパンク・ニューウェイヴ勢の中でNHKと最も親和性の高かったのはヒカシューでしょう。その意味でも奇妙な位置にいるバンドでした。その後の道行も独特です。

Uwasa No Jinrui / Hikashu (1981 East World)



Tracks:
01. ト・アイスクロン
02. うわさの人類
03. 出来事
04. 体温
05. 新しい部族
06. 予期せぬ結合
07. アウトキャスト
08. 二枚舌の男
09. 恋人たち
10. 小人のハンス
11. One Of Us
12. 匂い

Personnel:
巻上公一 : vocal, bass
海琳正道 : guitar, vocal
戸辺哲 : alt sax, guitar
井上誠 : synthesizer
山下康 : keyboards
泉水敏郎 : drums, percussion