コモンズ:スコラは「坂本龍一総合監修による『音楽の学校』」であり、「『音楽全集』、「音楽の百科辞典』としてCDと本を組み合わせた次世代へ世界中の音楽を継承してゆくアーカイヴ・シリーズ」です。全30巻が予定されていましたが、どうやら未完で終わりそうです。

 本作品はコモンズ:スコラの第一巻として発表されたもので、題材はJ・S・バッハです。CDには坂本が選んだバッハの曲の演奏が収められています。ブックレットは全116ページに及ぶ豪華なもので、CDと合わせて9000円するのも肯けます。

 ブックレットには、坂本と「構造と力」のニューアカ浅田彰、音楽評論家小沼純一の鼎談「『いま』が還りつくところ、バッハ」、後藤繫雄が古今東西の著名人によるバッハへの言及を収集した「バッハ断章」、収録曲の「原典解説」、推薦盤、作品一覧、年表が収められています。

 中心になるのは鼎談です。CDを聴きながら行われているようで、収録順に各楽曲をネタに話が進んでいきます。したがって、この三人の聴き巧者による解説を読みながらCDを聴いていくことができます。とても親切な設計になっています。

 その内容もバッハを学術的に語るのではなく、バッハを含むクラシック音楽の深い知識を前提としながらもあくまで聴き手として感想を述べあう形です。要するに圧倒的な知識量の差はあるものの、聴いている者と同じ地平に立っているわけです。ありそうでなかった全集です。

 その記念すべき第一巻にバッハを選んだ理由を坂本は「バッハが生きていた時代までは、現代と繋がっているから」と説明しています。「現代のポップスやR&Bなども含めて」、我々はバッハが使っていた音楽の言葉とほとんど変わらないものを使っているといいます。

 なるほどバッハの楽曲は現代の音楽としてそのまま成立しています。ここでもスウィングル・シンガーズによるスキャット演奏が収録されていますけれども、そのようにアレンジしてもまるで違和感がありません。我々はバッハのパラダイムを生きているのだということでしょう。

 CDはそんなバッハの演奏の数々をいい感じに集めています。「カンタータ」、「マタイ受難曲」、「平均律クラヴィーア」、「ゴルトベルク変奏曲」、「パルティータ」、「無伴奏チェロ組曲」、2つのヴァイオリンのための協奏曲」、「管弦楽組曲」、「音楽の捧げもの」、「フーガの技法」。

 演奏者も豪華です。グレン・グールドに塩川悠子、藤原真理などのソリスト、古楽のフレットワーク、スウィングル・シンガーズ。指揮者としてはアーノンクール、メンゲルベルク、マリナー、ブーレーズ。クラシックのアンソロジー編集は楽しそうです。

 バッハの膨大な作品をCD1枚14曲にまとめることはどだい無理な話なのでしょうが、鼎談とともに聴いていけば、聴き終わる頃にはいっぱしのバッハ博士になった気がします。さすがは坂本教授です。使い古された言葉ですが、楽しみながら勉強できる仕掛けです。

 この作品を聴く前と後ではバッハへの親近感がまるで違います。今や、私にとってバッハは、現代のポピュラー音楽の原点となった作曲家として、ジャズの原点デューク・エリントンやロックの始祖チャック・ベリーと並べてみたくなる大音楽家です。

Commmons Schola Vol.1 J.S.Bach / Ryuichi Sakamoto Selections (2008 Commmons)



Tracks:
01. カンタータ第140番「目覚めよ、とわれらに声が呼びかける」~コラール
02. カンタータ第147番「心と口と行いと生活が」~コラール
03. マタイ受難曲~コラール「血潮したたる、傷だらけの御頭」
04. 平均律クラヴィーア曲集第1巻第6番
05. ゴルトベルク変奏曲~アリア
06. 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番~シャコンヌ
07. 無伴奏チェロ組曲第1番~プレリュード
08. 2つのヴァイオリンのための協奏曲~ヴィヴァーチェ
09. 管弦楽組曲第2番~バディヌリ(スウィングル編曲)
10. 音楽の捧げもの~3声のリチェルカーレ
11. 音楽の捧げもの~6声のリチェルカーレ(ウェーベルン編曲)
12. 音楽の捧げもの~トリオ・ソナタ~ラルゴ
13. フーガの技法~コントラプンクトゥス1
14. フーガの技法~コントラプンクトゥス14

Personnel:
ニコラス・アーノンクール:指揮 (01,02)
ウィレム・メンゲルベルク:指揮 (03)
グスタフ・レオンハルト:チェンバロ (04,10)
グレン・グールド:ピアノ (05)
塩川悠子:ヴァイオリン (06)
藤原真理:チェロ (07)
ネヴィル・マリナー:指揮 (08)
スウィングル・シンガーズ (09)
ピエール・ブーレーズ:指揮 (11)
カール・リヒター:チェンバロ、指揮 (12)
フレットワーク (13,14)