ヒカシューのメジャー・デビュー・アルバムです。プロデュースはデモ・テープを気に入った近田春夫が担当しています。ジャケットには1964年の東京オリンピックの公式ジャケットを着用したメンバーの姿がありますが、これも近田の発案だそうです。

 ボーカルは劇団ひとりでもエスパー伊東でもなく、巻上公一です。1960年代の月刊少年誌「ぼくら」や「少年画報」の表紙絵のような清く正しい少年のような顔をしています。ここがまずユニークな点でした。およそロックらしくない顔つきのフロントマンです。

 それもあってヒカシューを初めて見た時にはチンドン屋さんを想起しました。巻上は大きく口を開けて、はきはきと朗々と日本語の歌詞を歌い上げる。そこがとても新鮮でした。巻上はやがて「イヨマンテの夜」を歌いますが、本作品からはごくごく自然な道のりです。

 ところが紙ジャケ再発盤に添付された巻上本人によるライナーでは、当たり前のように自分たちを「テクノ」だとしています。そうでした、そうでした。ヒカシューはプラスチックス、P-モデルと並ぶ和製テクノ・ポップ御三家なのでした。すっかり忘れていました。

 当時のテクノ・ポップは今のテクノとは全然違うようですけれども、デトロイト・テクノも日本のテクノもクラフトワークを先駆とするという点では同じ、どこか通じるものがあるはずです。実際、プラスチックスやYMOは今でもテクノと言われると合点がいきます。

 しかし、このヒカシューになると、クラフトワークの「モデル」をカバーしたり、リズムボックスによるピコピコ・サウンドも多用されていますけれども、「テクノ」という言葉に少し違和感を感じてしまいます。おそらくはリズムに対するこだわりが違うのではないかと思います。

 私にとってヒカシューの歴史的な位置づけは、テクノ方面ではなく、ガテン系サブカルの旗手としての姿です。雑誌でいえば「ウイークエンド・スーパー」に代表される白夜書房系のサブカル文化。当時の軟弱なテクノ・カットの若者文化の中ではとても硬派でした。

 柔弱な大学生だった私にしてみれば、人の道を踏み外したような、こんなことを面白がってよいのだろうかと不安にさせるような文化でしたが、それでも無視することもできず熱心に追いかけておりました。結局、ここから目が覚めるには少し時間がかかりました。

 ヒカシューの面々は「ウィークエンド・スーパー」にも実際にかかわっていましたし、同じ文化の文脈にあるといえます。本作品の中でも「幼虫の危機」や「ぷよぷよ」などの変態な曲がつまっています。音楽ですから毒もほどほどでとても消化しやすくなっていますが。

 一言でいえば、民謡っぽいというか演劇っぽいボーカルが乗った、軽めのきらきらした変態ポップスということになるのでしょうか。ヒカシューにはドラマーがおらず、全編リズムボックスで通すことを希望していたそうで、そうなるとより軽めになったところです。

 しかし、ここは近田の主張を入れて全編ドラマーを入れてリズムが強化されています。正解でしょう。また、本名でクレジットされているので見逃しやすいですが、2曲でフューがコーラスに入っています。当時の東京のニューウェイブ・シーンの重要盤です。

Hikashu / Hikashu (1980 East World)

*2012年8月4日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. レトリックス&ロジックス
02. モデル
03. ルージング・マイ・フューチャー
04. テイスト・オブ・ルナ
05. 20世紀の終りに
06. プヨプヨ
07. ラヴ・トリートメント
08. 炎天下
09. 何故かバーニング
10. ヴィニール人形
11. 雨のミュージアム
12. 幼虫の危機

Personnel:
巻上公一 : bass, vocal
海琳正道 : guitar, vocal
戸辺哲 : sax, clarinet, guitar, vocal
井上誠 : synthesizer, mellotron
山下康 : synthesizer, rhythm box
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高木利夫、泉水敏郎 : drums
Phew : vocal
若林正恭 : tabla, sitar
Mori Tsutomu, Sugaya Ken : chorus