戸川純は2020年にユーチューブ・チャンネルを開始しています。題して「戸川純の人生相談」、かつての「宝島」誌の人気連載の復活です。一緒に出演しているのはヤプーズのメンバー、山口慎一です。そして、面白い回を厳選した書籍も発売されています。

 「人生相談」では、視聴者からの相談に答える本来の枠の他に、童謡や唱歌を中心にした歌のコーナーがあります。もともと音楽の世界を中心に活躍していた人ですから、こちらも当然のように人気を集めました。本作品はその歌唱を集めたアルバムです。

 書籍になったり、CDになったりするところが面白いです。私と同世代のアーティストですから、やはり昔からのファンに届けようとすると、伝統的なメディアにしないわけにはいかないということでしょう。こうして喜んでCDを買っている私のような人のために。

 閑話休題。本作品はそのまんま「戸川純の童謡唱歌」と名付けられました。ここには21曲にのぼる童謡や唱歌の類が詰め込まれています。歌うのはもちろん戸川、トラック・メイクはすべて山口です。デジタル・サウンドにのせて童謡唱歌が歌われるわけです。

 童謡唱歌は私の世代だと小学校で教わる歌でしたから、まさに全員が知っていますし、歌うことができます。歌謡曲やポップスであれば有名な曲でも知らない人が必ずいるので、酔っぱらって最後に大勢で大合唱というわけにはいきません。やはり童謡唱歌です。

 そんな歌の数々ですから、ぼんやりと日本人の心の歌であると思いがちです。しかし、よく知られているように、日本の場合は自然発生的なわらべ歌はあまりありません。唱歌は学校教育用に、「童謡は、学校唱歌に欠けた情操教育」のために創作されたものです。

 ここでは「過度に無機質なサウンドと無垢で有機的な歌声が」、上からの押し付けであるという嫌らしい面を打ち消して、全員が懐かしいと思う日本人の心的な側面だけを抽出して昇華しているようで、何とも痛快、楽しいことこの上ありません。

 収録されている歌には「茶摘み」や「村祭」、「朧月夜」などの文部省唱歌、「里の秋」や「うれしいひなまつり」などの童謡の他に、戸川の母校である「戸山小学校校歌」、「荒野の果てに」や「もろびとこぞりて」などの讃美歌が含まれています。

 校歌や讃美歌も入っているところが何とも素敵です。校歌などはローカルではありますが、その分狭く深く共有されている点で「心の歌」の資格があります。なお、「戸山小学校校歌」は戸川のセカンド・アルバム「極東慰安唱歌」にも収録されていた彼女の十八番です。

 ここでの戸川は、ジャケットをみると分かる通り、老女の佇まいです。世間から超然としていた戸川ですから、世俗の権化である中年期をすっ飛ばしていることに安心しました。歌声ももはや年齢を超越しています。何のしがらみもなさそうで、大変気持ちがいいです。

 本作品にはボートラでドボルザークの「ユーモレスク」に歌詞をつけた「箱に入った8月」とオリジナルの「ヒステリヤ」が収録されており、前者はライオン・メリィ、後者はヤマジカズヒデとヤプーズの面々のサポートが入っています。これもまたいい感じに自由度が高いです。

Togawa Jun no Douyou Shouka / Togawa Jun & Yamaguchi Shinichi (2023 Soudan)



Tracks:
01. 砂山
02. 戸山小学校校歌
03. ふじの山
04. 夏は来ぬ
05. たなばたさま
06. われは海の子
07. 紅葉
08. 荒野の果てに
09. まめまき
10. うれしいひなまつり
11. 朧月夜
12. 茶摘み
13. 背くらべ
14. 夕日
15. 揺籃のうた
16. 花火
17. 村祭
18. 里の秋
19. 故郷の空
20. もろびとこぞりて
21. 一月一日
(bonus)
22. 箱に入った8月
23. ヒステリヤ

Personnel:
戸川純 : vocal
山口慎一 : track making