好きなアーティストが大きく作風を変えた作品を発表した時に、「裏切りだ」と悲憤慷慨するのもファンの醍醐味の一つです。大変なショックを受けたりすることもあるわけですが、歳を経てから振り返ってみると、それもまた楽しい思い出です。

 グレイトフル・デッドの5作目のアルバム「ワーキングマンズ・デッド」は、突然、分かりやすいフォーク調になりました。サイケデリック大王のデッドの作品ですから、発表当時はお決まりの賛否両論が巻き起こりました。デッドはヒッピー・カルチャーのシンボルですから。

 「賛」の代表格はレコード会社のデッド担当者です。これまで散々振り回されてきた担当者は、何の期待もせずにテープを聴いて欣喜雀躍し、「やっとシングル曲ができた」と興奮してだれかれ構わず触れて回ったそうです。売れ行きもよく、ほっとしたことでしょう。

 一方、「否」はサイケデリックの真髄をデッドに見ていた従来からのファンや評論家です。ぐしゃぐしゃとスタジオでサイケな実験を繰り返してきた彼らの作風からすれば、分かりやすい構造をもったメロディー豊かな穏やかな曲調には大いに違和感があったことでしょう。

 1970年代に入ると、フラワー・ムーブメントも盛期を過ぎます。デッドもウッドストックで「最悪の演奏」をしたり、オルタモントの悲劇にスタッフが係わっていたり、メンバーが騒いで逮捕されたり、ミッキー・ハートのお父さんがバンドの金を持ち逃げしたりと、散々な目にあいます。
 
 そんな状況でこうしたある意味で穏やかなアルバムが出来たというのはよく分かります。ジェリー・ガルシアによれば、この作品は「初めての真の意味でのスタジオ・アルバム」で、その心は、スタジオの限界を越えることを目指すのではなく、その中で演奏するということです。

 エフェクトを聴かせて変なサウンドに仕上げていくのではなく、ストレートな楽曲をストレートなままに演奏していく。目指したのはそういう姿でした。自分達にも王道を行く音楽を演奏できるのだということを広く見せつける意味合いもあったようです。

 デッドは、このアルバムでカントリー音楽の巨匠ハンク・ウィリアムスやブルースの神様ロバート・ジョンソンなどに触発された音楽をやっています。ガルシアがペダル・スティール・ギターにほれ込んだこともこの変化の大きな要素であると思われます。

 また、本作品にはコーラスが多用されていることから、「CSN&Yに影響されて」と語られることが多いです。アコースティック・ギターも目立ちますし、CSN&Yのサウンドは当時のロック界のメイン・ストリームですから、そう言われればそうかなと思います。

 本作品の楽曲にはガルシアも思い入れがあるようです。中でも彼らのライブの定番として長らく演奏される「アンクル・ジョンズ・バンド」は格別です。アルバム全体の性格を決定づける、ひょうひょうとしたボーカルが楽しい、一緒に歌える名曲です。

 しかし、ライブは相変わらずのヘビーなエレクトリック路線だったそうですし、このアルバムの各曲も軽いかと言われれば決してそんなことはなく、重いリズムが刻まれていたり、禍々しい匂いもします。デッドはデッド、本質が変わったわけではありません。

Workingman's Dead / Grateful Dead (1970 Warner Bros.)

*2011年11月10日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Uncle John's Band
02. High Time
03. Dire Wolf
04. New Speedway Boogie
05. Cumberland Blues
06. Black Peter
07. Easy Wind
08. Casey Jones
(bonus)
09. New Speedway Boogie (alternate mix)
10. Dire Wolf (live)
11. Black Peter (live)
12. Easy Wind (live)
13. Cumberland Blues (live)
14. Mason's Children (live)
15. Uncle John's Band (live)

Personnel:
Jerry Garcia : guitar, vocal
Bob Weir : guitar, vocal
PigPen (Ron McKernan) : keyboards
Phil Lesh : bass, vocal
Bill Kreutzmann : drums
Mickey Hart : drums
****
Tom Constanten : keyboards (bonus)