「ブレミッシュ」を完成させたデヴィッド・シルヴィアンはさまざまなプロジェクトに手を染めました。その一つが坂本龍一とのコラボレーションによる「ワールド・シチズン」です。2003年10月に日本で発表された作品で、実質2曲の5曲入りEPです。

 この作品は坂本龍一の「チェイン・ミュージック」というプロジェクトが発端となって制作されました。これは音楽のチェイン・レターで、坂本が音楽のピースを送り、送られた人はそこに何らかの追加をして次の人にまわすというものです。テーマは反戦でした。

 当初、坂本はシルヴィアンにこのプロジェクトのための歌詞を書くことを依頼してきました。シルヴィアンはこうした政治的なステートメントを歌詞として書くことをしてこなかったために、最初は断ろうと思ったといいます。自分のスタイルではないというわけです。

 政治的な主張をしているアーティストを称えるけれども、自分の作っているような作品のリスナーとの親密性を高めるためにはアーティストとして透明であった方がよいと考えていたということです。しかし、千々に乱れる心を鎮め、本作品に貢献することを決めました。

 ロンドンを歩いている時に浮かんだという「ワールド・シチズン」というコンセプトは、国の枠を超えてグローバルへとフォーカスを移していく必要があることをうったえています。こうして、シルヴィアンは「ワールド・シチズン」の曲を書いてデモを作り坂本に送ります。

 もっとポップな曲にできないかと坂本はピアノのループを送り、シルヴィアンはそれに合わせて曲を作り直して送り返します。これをスケッチ・ショウの二人、細野晴臣と高橋幸宏に渡して、出来上がったのが「ワールド・シチズン(アイ・ウォント・ビー・ディスアポインテッド)」です。

 要するにシルヴィアンとYMOの共作といえる作品です。本EPにはこの曲のショート・バージョンとロング・バージョン、さらに池田亮司によるリミックスの合計3パターンが収録されています。なお、この曲はJ-WAVEの15周年を記念するテーマ・ソングとなりました。

 坂本はさらに最初にシルヴィアンが送った「ワールド・シチズン」も録音できないかと話を持ち掛けます。そこで二人はニューヨークに飛んで、ミュージシャンを集めて新たに「ワールド・シチズン」を録音することとします。それが本作品に収録された「ワールド・シチズン」です。

 集められたのはドラムにシルヴィアンの弟スティーヴ・ジャンセン、ベースにローリー・アンダーソンのバンドにいたスカ・スヴェリッソン、ギターにブロンド・レッドヘッドのアメデオ・ペイスの3人です。もちろん、ここに坂本のキーボードとシルヴィアンのボーカルが加わります。

 この曲もショート・バージョンとロング・バージョンがあります。この曲は本当に躊躇していたのかと思うくらい政治・社会問題を扱う歌詞が素晴らしいです。シルヴィアンの落ち着いた歌声でシンプルかつキャッチーなメロディーに乗せて歌われると心に染みます。

 ♪世界は苦しんでいる♪、とスーパーパワーの横暴を糾弾するシルヴィアンの歌はとてもリアルです。「ブレミッシュ」で新たな方法論を確立したシルヴィアンですが、こうしたそれ以前のポップでリアルなスタイルもやはり素晴らしい。名曲だと思います。

World Citizen / Ryuichi Sakamoto & David Sylvian (2003 ワーナー)



Tracks:
01. World Citizen - I Won't Be Disappointed (short version)
02. World Citizen (short version)
03. World Citizen - I Won't Be Disappointed (long version)
04. World Citizen (long version)
05. World Citizen (remix)

Personnel:
David Sylvian : vocal
Sketch Show : programming
坂本龍一 : keyboards, programming
Amedeo Pace : guitar
Skuli Sverrisson : bass
Steve Jansen : drums
池田亮司 : remix