♪頑張ってきたけれど道が見つからない♪とおよそデビュー作らしくない文句で始まるのはロキシー・ミュージックのデビュー・アルバムです。グラム・ロックの時代にさっそうと登場した期待の新人バンドは、本作品が英国でトップ10ヒットとなることで期待に応えました。

 ロキシーといえば、日本では今野雄二氏です。本作品の日本盤LPのライナー・ノーツはもちろん今野氏でした。「皆様、大変長い間お待たせ致しました。絶大の自信を持ってご紹介する魅惑の調べはきらめく夢の星にも似て、その名もロクシー・ミュージック!」。

 今野さんでなくとも、カーリ・アンという名のモデルをあしらったグラマラスなジャケット、見開きに掲載されているメンバーそれぞれのグラム・ロック・スター然とした写真などに象徴される普通のロック・バンドにはない感性には興奮させられたものです。

 ビジュアルはデザイナーのアントニー・プライスが担当しています。今野氏によれば彼自身が「アイラインと薄く塗った口紅に彩られたハンサムな容貌」の持ち主です。最先端というのとはちょっと違う、キャンプな感覚です。考えもしなかったけれど、知らないわけではない。

 再び今野氏の言を借りると、ロキシーは「マルセル・デュシャンとアンディ・ウォーホルをスモーキー・ロビンソンと同次元で展開させたもの」であり、「シャ・ナ・ナとピンク・フロイドの結合から生まれた奇形児(フリーク)」です。みんなが浮かれていてお祭りのようです。

 ところで本作品はロキシー・ミュージックの二枚目以降の作品とは印象が随分異なります。プロデューサーがキング・クリムゾンの詩人ピーター・シンフィールドだというのもあるのか、録音そのものがかなり異なっています。ボーカルが引っ込み気味で、ガレージっぽい印象です。

 加藤和彦は、この作品はコード進行を知らない人たちによる作品だと指摘しています。それほど定石を外していたということです。ブライアン・フェリーとブライアン・イーノという二人のノン・ミュージシャンが中心でしたから、加藤の指摘は当たっているのかもしれません。

 一曲目の「リメイク/リモデル」がまず強烈です。各メンバーが代わる代わるソロをとる名刺代わりの一曲にして彼らの代表曲です。これが冒頭にあげた歌詞で始まる曲で、中盤のコーラスでは車のナンバーを読み上げているという奇抜なものでもあります。

 続く「レディトロン」は美しいバラードですが、イーノによるアヴァンギャルドな音響処理が冴えます。二部構成の「イフ・ゼア・イズ・サムシング」に、「カサブランカ」の名セリフ「きみの瞳に乾杯!」をさびに使ってハンフリー・ボガードに捧げた「2.H.B.」でA面が終了します。

 B面はイーノによる戦場を音で再現したバトル・オブ・ブリテンの歌「ザ・ボブ」、キーボードとユニゾンでフェリーが歌う「チャンス・ミーティング」、50年代風の「ウッド・ユー・ビリーヴ」、♪天使でさえも過ちを犯すもの、それが恋♪という「シー・ブリーズ」に「ビターズ・エンド」。

 全曲が素晴らしい。演奏はへたといえばへたなのでしょう。フェリーのボーカルもいい声ですが、何か妙。アンディ・マッケイのオーボエもイーノが変な音に変えています。とにかく音響全部が妙な感覚で、それが燃えるように輝いている。そんな世紀のデビュー作です。

Roxy Music / Roxy Music (1972 Island)

*2012年8月13日の記事を書き直しました。

参照:「無限の歓喜:今野雄二音楽評論集」今野雄二(ミュージック・マガジン社)



Tracks:
01. Re-Make / Re-Model
02. Ladytron
03. If There Is Something
04. 2HB
05. The Bob (Medley)
06. Chance Meeting
07. Would You Believe?
08. Sea Breezes
09. Bitters End

Personnel:
Bryan Ferry : vocal, piano, keyboards
Brian Eno : synthesizer, tape, chorus
Andy Mackay : oboe, sax, chorus
Phil Manzanera : guitar
Paul Thompson : drums
Graham Simpson : bass
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Rik Kenton : bass