デヴィッド・ダンは1953年に米国で生まれたサウンド・アーティストで、若い頃はこれまた米国の現代音楽家ハリー・パーチに師事していました。世代としてはポスト・ケージ世代にあたります。米国サンタフェを中心に幅広い活動を続けている人です。

 本作品は1992年に発表された作品で、ダンのCDデビュー作にあたります。「天使と昆虫」と名付けられたアルバムには、「49の善き天使の表」と「混沌と池の創発的な精神」という2曲が収録されています。天使と昆虫という全く異なる題材を扱った作品です。

 まず「49の善き天使の表」は、「ルネサンス期の数学者・占星術師ジョン・ディーとその霊媒エドワード・ケリーの神秘的な調査に基づく、コンピュータ処理された声のための作曲」と説明が付されています。何やらオカルティズムの匂いがぷんぷんします。

 ディーは当時のヨーロッパで最も学識が高いとされていた人物で、オカルト方面にも大いなる力を発揮しています。そのディーが強力な霊媒師ケリーと出会い、二人三脚で作り上げたのがダンの言う「49の善き天使の表」で、49の天使の名前が記されています。

 いずれもケリーを介して出現した天使によってもたらされた名前です。表には7つに分かれた円形に7人ずつ、合計49人の名前が書かれています。ダンはエノク語で記載された49の名前を「構造的に相互に関連する音の総体として」厳密に音声分析しました。

 そして、ダン自身を含む7名のパフォーマーがそれぞれ7名の天使の名前を発音し、それをコンピューター処理によって音声分析結果に従って引き延ばしています。その結果がこの曲で7つのパートに分かれた30分近い大作になっています。

 出来上がった作品はおどろおどろ系電子音響の大洪水です。声しか使っていないようで、ところどころでこれは声なんだと気づかされると余計に戦慄が走ります。通常の意味でのメロディーもリズムもありません。得体のしれない天使が目の前に現れてきそうです。

 「混沌と池の創発的な精神」は「北米とアフリカの淡水池で生成された水生昆虫の微小な音をデジタルフィールド録音したオーディオコラージュ作品」です。ダンは「音の配列以外には一切手を加えていない」と明言しています。音の主役は昆虫たちです。

 これは驚きです。そもそも水面下の音は人間には聴くことができませんから、機械で拾うとこんなにも豊かな音に満ち溢れているとは想像だにしていませんでした。写真でみると流れのない池です。サウンドはせせらぎではないんです。

 現前しているリズミカルな構造について、ダンは「コンピュータによる作曲やアフリカの太鼓のポリリズムに匹敵する、人間が作り出したほとんどの音楽よりも複雑な順序で構成されているかのようだ」と語っています。確かに恐るべき音楽です。

 サウンドの主体は無数の独立した昆虫たちで、そこには混沌があるはずなのですが、そこから秩序だった音楽が立ち現れてくる。これほど豊かなアンビエント音楽は聴いたことがありません。いや、ちょっと凄いです。素直に感動します。ダンに転がされました。

Angels and Insects / David Dunn (1992 Custom:エム・レコード)



Tracks:
01-07. Tabula Angelorum Bonorum 49 49の善き天使の表
08. Chaos And The Emergent Mind Of The Pond 混沌と池の創発的な精神

Personnel:
David Dunn
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Lizbeth Rymland, Marcia Mikulak, Melvin Ferris, Woody Vasulka, Steina Vasulka, Gene Youngblood