半世紀前の作品であるにもかかわらず、メーカー資料によれば、「今なおショパン演奏史の金字塔の一つとして数えられて」いるアルバム、マウリツィオ・ポリーニによる「ショパン:練習曲集作品10・作品25」です。定盤中の定盤であることは間違いありません。

 ポリーニは18歳の時にショパン・コンクールで優勝し、当時の最年少記録を更新しました。1960年のことです。しかし、その後、10年近くも国際的な舞台から姿を消し、充電期間を過ごします。かなりの勇気と意志の強さがないとできないことです。

 その後1968年に国際的な場での演奏活動に復帰したポリーニは録音活動も再開します。とりわけ1971年にドイツ・グラモフォンと専属契約を結んでからは精力的な活動が続きます。最初のリリースはストラヴィンスキーとプロコフィエフでありました。

 その後、ポリーニは現代音楽を中心とするプログラムでツアーを行い、思想的には社会主義を実践していきます。ショパン・コンクールのポリーニはどこへいったとみんなが不安に思い始めた1972年にリリースされたのが本作品です。ショパンです。

 実はポリーニはショパンの練習曲集をコンクール優勝直後にも録音しています。それにドイツ・グラモフォンと契約する前の1968年にはEMIに「ショパン・ピアノ・リサイタル」を残しています。ポリーニ自身もショパンとの特別な縁はよくよく感じていたのでしょう。

 練習曲集といってもピアノ入門者のための練習曲ではありません。ショパン・コンクールを目指すくらいの実力者のための練習曲です。ピアノ弾きでない私にはとても練習のための曲であるとは分かりません。どの曲も普通に音楽作品として完成されています。

 作品10と作品25はそれぞれ12曲ずつで構成されており、各楽曲にテーマがあるようですけれども、練習するつもりのない聴き手にとっては、何の関係もありません。それよりも、むしろ「別れの曲」や「革命」などの有名曲が含まれていることが驚きです。練習曲なのかと。

 考えてみれば、練習曲と銘打てばさまざまな決まりから逸脱することも許されそうです。12曲に何ら脈絡がなくてもいいわけですし、超絶技巧のためだけの曲なども作れます。受けて立つ演奏家も作曲者の精神をおもんぱかる必要もありません。感情移入も不要です。

 満を持して国際社会に復帰したポリーニにとって因縁のショパンと向き合うには最適な曲だったのではないでしょうか。完璧といわれるテクニックでもって、音符の隅々までしっかりと打鍵することが、この練習曲を最も輝かせる秘訣なのでしょう。

 そしてまた半世紀前の録音とも思えない素晴らしい音質です。ピアニッシモまでクリアに響く素晴らしさ。この頃のドイツ・グラモフォンの録音の確かさは凄いです。録音技術が格段に進んだ今日のレベルに匹敵する音質です。この作品を名盤たらしめる大きな要素です。

 しかし、練習曲なのにこんなに完璧に弾かれると、練習しようとしているピアニストの皆さん間は平気なんでしょうか。チャーリー・パーカーを手本にサックスを練習しようとして挫折した経験のある私としては大変心配です。聴かない方がいいかもしれませんね。

Chopin : Etudes / Maurizio Pollini (1972 Deutsche Grammophon)



Tracks:
01-12. ショパン:練習曲集 作品10
13-24. ショパン:練習曲集 作品25

Personnel:
Maurizio Pollini : piano