デヴィッド・シルヴィアンは「遥かなる大地へ」を発表した後、ほどなくしてドイツを訪れます。ソロ・デビュー作で共演した元カンのホルガー・シューカイのソロ・アルバムに参加するためでした。二人はその地で他の参加者ともども3日間ほどセッションを行いました。

 場所は、外見はみすぼらしいものの、中身は考え抜かれていると評判のシューカイのスタジオです。このスタジオはシルヴィアンにマジカルな効果をもたらしました。まず、スタジオにはさまざまな楽器がセットされており、シルヴィアンは魅入られたかのようにそれらを手にします。

 シューカイはシルヴィアンがそうした楽器を触るところを録音していました。シルヴィアンはそのことをまるで意識していなかったといいますから面白いです。たとえば、インドの楽器ハルモニウムになじもうと試行錯誤しているところが録音されています。

 セッションそのものは、ギターやテープのループを編集したり、シューカイの得意技であるラジオから流れるサウンドを使ったりして作り上げられた音響環境の中で、無作為に選んだ楽器を即興で演奏していくというものだったといいます。

 この作品はそうした3日間、シルヴィアンの表現を借りると二晩の産物です。収録されている曲は2曲で、いずれも15分を超える大作です。ボーカルは入っていませんし、カンのメトロノーム・ドラマー、ヤキ・リーベツァイトが参加しているのに際立ったリズムもありません。

 1曲目の「プライト」は、もとは10分くらいの作品に過ぎませんでしたが、シューカイの6か月に及ぶ編集作業を経て、時間も伸びました。作業の結果、まるで映画のような作品になったとシルヴィアンは語ります。映像を編集するように音楽を編集したのだと。

 一方、2曲目の「プレモニション」は、ほとんど最初のテイクがそのまま発表されているそうです。サウンドの狂いなども「修整しようとする試みはすべて楽曲内のケミストリーを損なう」とされて、あえてそのままに残されています。即興らしい話です。

 これらの楽曲は、今ある環境を強引に作り変えるというよりも、その環境の指向性をより強める機能を持っている、という意味での環境音楽だともいえます。シルヴィアンは、「僕たちは真剣にこの音楽を薬局で売るべきだと考えた」と語っています。

 渋滞のイライラを解消するための音楽だとか、環境に合わせた特定の機能をもった音楽を何種類も作成して薬局で売り出すという構想です。ありがちな発想のような気もしますが、実際にここまでの作品を提示されると説得力も増すというものです。

 目立った楽器の音数は少ないのですが、背景には常にドローンが流れていて、サウンド全体はとても分厚いです。この持続音と楽器音のバランスが絶妙ですし、ラジオからのサウンドの配合具合も最高です。どこに注目しても楽しい。重めのアンビエントです。

 意味性が極力排除されていて、余計な感情を喚起することもなく、純粋に音響を体験することができます。映画のようだというシルヴィアンの感想には同意しがたいですが、極上のアンビエント作品として、光彩を放っています。シルヴィアンの旅は続きます。

Plight & Premonition / David Sylvian/Holger Czukay (1988 Venture)

*2015年7月15日の記事を書き直しました。

参照:"On The Periphery" Christopher Young



Tracks:
01. Plight (The Spiralling Of Winter Ghosts)
02. Premonition (Giant Empty Iron Vessel)

Personnel:
Holger Czukay : radio, organ, sampled piano, orchestral and environmental treatments
Davi Sylvian : piano, prepared piano, harmonium, vibes, synthesizer, guitar
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Karl Lippergaus : radio tuning
Jaki Liebezeit : infra sound