イギリスはファンタジーの国です。シェークスピアの「真夏の世の夢」に始まり、スウィフトの「ガリバー旅行記」などを経て、トールキンの「指輪物語」、CSルイスの「ナルニア国物語」といった傑作を生んで、ローリングの「ハリー・ポッター」に至ります。

 このティラノザウルス・レックスのデビュー・アルバムはアスランとナルニアの住人に捧げられています。また、マーク・ボランとデュオを組む相棒はスティーブ・ペレグリン・トゥックを名乗っています。「指輪物語」のホビット仲間の一人ピピンの本名です。

 マーク・ボランが作り出す歌詞の世界もファンタジーそのもので、このバンドは何から何まで徹底的にファンタジーです。さらに言えば、マーク・ボランの存在そのものがファンタジーです。妖精というと少し違いますが、現実感がとても希薄な人です。

 「自分はスターになるのだ」と確信を持っていたマーク・ボランは、ティラノザウルス・レックスを6人組のロック・バンドとしてスタートさせました。しかし、借り物の楽器を撤収される憂き目にあってしまい、あえなくその構想はとん挫してしまいました。

 次にボランが企画したのは、盗んできたボンゴを叩くスティーヴ・トゥックとのアコースティック・デュオです。二人は、ロックン・ロールへの愛と、ファンタジー趣味がばっちり合ったようで、このデュオの活動は軌道に乗っていきます。

 アコースティック・ギターとパーカッションだけのデュオというのはとても珍しいのですが、シタールとタブラであれば全く珍しくありません。実際、ボランはラヴィ・シャンカールのステージを見て感じ入り、こういう形の音楽をやるようになったということです。

 1968年当時ですから、まだフラワー・ムーヴメントの余韻はあったのでしょうが、それでも彼らは十分に異彩を放っていました。普通のロック・バンド形式よりもずっとシーンに合っていたようです。彼らはロンドンのアンダーグラウンド・シーンでは知れた顔となります。

 そして、彼らとともに成長する名プロデューサーで、当時はまだ若かったトニー・ヴィスコンティに見いだされてレコード・デビューします。この作品が彼らのデビュー・アルバムです。まだ駆け出しのジョン・ピールが朗読で参加している他は二人だけで制作されています。

 全体に中近東風と言うか、無国籍なボンゴが鳴り渡ります。決してうまいわけではありませんけれども、とても奇妙な味わいがあります。そんなリズムに乗せて、マーク・ボランが誰にもまねできないチリチリ声で歌います。これがもう素晴らしいわけです。

 ボランの歌声と不思議な二人の演奏は、この世から遊離した世界を描き出します。「チャイルド・スター」や「ヴァージニアの城」などを聴いていると、こちら側の世界に生きていることが無性に悲しくなり、気がつけばそちら側の美しい世界に抱かれている自分がいます。最高。

 マーク・ボランはご存じのとおり、しばらく後には70年代最初のスーパースターとなるわけですが、その原点にはこんな世界があったんです。しかし、よおく聴くと彼の本質は後々も変わりません。私たちの年代の本物のヒーローの一人です。

My People Were Fair And Had Sky In Their Hair... But Now They're Content To Wear Stars On Their Brows / Tyrannosaurus Rex (1968 Regal Zonophone)

*2011年9月19日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Hot Rod Mama
02. Scenescof
03. Child Star
04. Strange Orchestras 不思議なオーケストラ
05. Chateau In Virginia Waters ヴァージニアの城
06. Dwarfish Trumpet Blues ちっちゃなトランペット・ブルース
07. Mustang Ford
08. Afghan Woman アフガニスタンの女
09. Knight 騎士
10. Graceful Fat Sheba お上品なシバ
11. Weilder Of Words 言葉
12. Frowning Atahuallpa (My Inca Love) インカの恋
(bonus)
13. Debora (single A side)
14. Hot Rod Mama (stereo)
15. Scenescof (stereo)
16. Child Star (stereo)
17. Strange Orchestras (stereo)
18. Chateau In Virginia Waters (stereo)
19. Dwarfish Trumpet Blues (stereo)
20. Mustang Ford (stereo)
21. Afghan Woman (stereo)
22. Knight (stereo)
23. Graceful Fat Sheba (stereo)
24. Weilder Of Words (stereo)
25. Frowning Atahuallpa (My Inca Love) (stereo)
26. Child Star (take 2)
27. Chateau In Virginia Waters (take 2)
28. Debora (take 2)

Personnel:
Marc Bolan : vocal, guitr
Steve Peregrine Took : vocal, bongos, Chinese gong, percussion, pixiephone
***
John Peel : voice