近藤等則は日本のジャズ界の至宝です。レコード・デビューは1976年に山下洋輔のアルバムに参加した時ですから、そこから数えても2020年に71歳で亡くなるまで、ほぼ半世紀にわたって幅広い活動をしたことになります。精力的な活動でした。

 近藤は有馬記念のファンファーレを担当したり、映画やテレビ、はてはCMにまで音楽を担当するのみならず俳優としても出演するなど、ジャズ・ファンのみならず一般にもその名が知られています。しかし、近藤の音楽活動はそれはそれは純粋なものでした。

 本作品は近藤等則&IMAとしてバンド活動を行うかたわらで制作された異色のソロ・アルバムです。何が異色かというと、本作品はエレクトリック・トランペットとシンセサイザーを使った完全なソロ・アルバムだというところです。登場するのは近藤一人です。

 アルバムのタイトルは「タッチストーン(試心石)」とされています。タッチストーンは一般に試金石と訳される言葉で、鉱石の硬さや、金銀の含有度を調べるための石のことです。それを近藤は試心石と訳しました。そして各楽曲のタイトルにもすべて石がついています。

 「このアルバムでは、心の部分に重点を置き、心や思いの純粋さとその硬さの度合い、あるいは人の心にとって大切な何かの比重とその存在の確かさを試し証す石が、どこかにあると考え、それを新たに『試心石』と名付けた」と近藤は書いています。

 さらに本作品には詩人であり、ヴィジョンアーキテクトでもある谷口江里也による詩が添えられています。「心と心が、心と宇宙が、ともに響き合えた、その一瞬、不思議な、不思議な、石が結晶(うま)れる。」。どうやらこれが試心石のようです。

 そして、「そのとき、空気が変わる、世界が変わる、自分が代わる。もう一人の、自分に会える。もう一人の、本当の自分の姿が、透き通った〈試心石〉のむこうに、視える。」のです。長めに引用したのには訳があります。ここでのサウンドはこのイメージ通りだからです。

 近藤は激しいトランペットの演奏も得意ですけれども、ここではロング・トーンを多用するアンビエントともいえる演奏を繰り広げています。ともに鳴っているシンセサイザーもゆったりとしたビートで宇宙を感じさせる奥行きを備えたサウンドです。

 空気を震わせることが重要だと考える近藤は、シンセのサウンドを直接録音するのではなく、一旦スピーカーから音を出して、それを収録するという手法を使っているそうです。一度宇宙に放ったサウンドを拾っているということになります。

 そうなんです。どこまでも宇宙そのものを感じるサウンドなんです。これが心と響きあうことで、王心石や鼓動石、命運石、流石、夜伽石、夢遊石、呼辺石、舞石、蜉蝣石、星霜石という10個の石が生まれてくるんです。そんな仕掛けにやすやすとはまってしまいます。

 トランペットはどうしてもよれっとするところがあるものですが、近藤の演奏は実にシャープでかつ広がりがあります。近藤のキャリアの中では特異なアルバムですけれども、インド音楽もかくやと思わせるスペース・アンビエント絵巻が繰り広げられて感動的です。

Touchstone / Toshinori Kondo (1993 MMG)



Tracks:
01. Love Stone 王心石
02. Beat Stone 鼓動石
03. Doom Stone 命運石
04. Water Stone 流石
05. Talk Stone 夜伽石
06. Dream Stone 夢遊石
07. Call Stone 呼辺石
08. Dance Stone 舞石
09. Mortal Stone 蜉蝣石
10. Time Sublime Stone 星霜石

Personnel:
近藤等則 : electric trumpet, synthesizer