テイラー・スウィフトのアルバム発表告知はいつも突然にやってきます。通算10作目となる本作品「ミッドナイツ」もMTVビデオ・ミュージック・アワードにていきなり発表されました。発表の1か月前ですけれども、これでも早い方だというところに驚かされます。

 CDというフォーマットが絶滅危惧種になっている昨今にあっても、四種類ものジャケット違いで発表され、それを全部集めると時計が出現するというファンの購買欲を刺激する仕掛けとなっています。さすがはトレンドセッターは違います。テイラーならではの仕掛けです。

 そしてそんなこととは関係なく、米ビルボード誌のシングル・ヒットチャートではシングル・カットされた「アンチ・ヒーロー」とアルバムが初登場1位に輝いたのみならず、シングル・チャートでは1位から10位までが本作品の楽曲で占められるという快挙を達成しています。

 CDにも配信にも目配りをきかせた趣向にはただただ圧倒されます。現在のポピュラー音楽界の王道の最先端を歩むテイラー・スウィフトです。相変わらず米国では発売日が因縁のキム・カーダシアンの誕生日だとかゴシップ報道がひどいですが、テイラーの圧勝でしょう。

 前作、前々作はストーリー・テラーとしてのテイラー・スウィフトを前面に押し出したアルバムでした。その後、過去作品のリメイクが3作続いて、発表された本作品はことさら語り部としての自身を強調するのではなく、テーマを真夜中にしぼったトータルなアルバムになりました。

 「このアルバムは真夜中に書かれた曲を集めたもので、恐怖と甘い夢の中の旅のような作品になりました」とテイラーは書いています。夜中に目が覚めると小さな事柄が増幅されて実際以上に心を悩ませるものです。眠れなくて起きてしまうこともよくあることです。

 そんな誰にでもある経験をする自身を慈しむように、「彼女の人生のあちこちにある13の眠れぬ夜の物語」が展開していきます。心憎い趣向です。当代随一のスーパースターが眠れぬ夜に心を寄せてくれているという、とてもパーソナルな気分になります。

 サウンドは今回は全面的に長年の音楽パートナーであるジャック・アントノフが担当しており、ほとんどの曲を共作していますし、すべての曲のプロデュースに携わっています。ここまで徹底するのは本作品が初めてではないでしょうか。

 その効果は明らかで、アルバム全体を通して、真夜中の雰囲気が濃厚です。ビートの一つ一つからボーカルの処理の仕方、サウンドの色合いなど、すべてが代謝機能が低下している真夜中の気分です。静かで音数は少ないけれども、あわいに魔物が潜んでいるような。

 冒頭の「ラヴェンダー・ヘイズ」から、シングル・カットされた「アンチ・ヒーロー」、ラナ・デル・レイをゲストに迎えた「スノウ・オン・ザ・ビーチ」など、どの曲も美しいメロディーと落ち着いたビートが素敵です。いや、本当にいいアルバムです。凄いですね。

 さまざまな売上記録を更新しているようですけれども、そんな浮かれた話とは関係なく、本作品は世界中の人々の寝室で真夜中にひっそりと聴かれていることでしょう。ここにはとてもリアルな世界があります。凄いアーティストですよね。素直に感動しました。

Midnights / Taylor Swift (2022 Republic)



Tracks:
01. Lavender Haze
02. Maroon
03. Anti-Hero
04. Snow On The Beach
05. You're On Your Own, Kid
06. Midnight Rain
07. Question...?
08. Vigilante Shit
09. Bejeweled
10. Labyrinth
11. Karma
12. Sweet Nothing
13. Mastermind
(bonus)
14. Hits Different
15. You're On Your Own, Kid (strings remix)
16. Sweet Nothing (piano remix)

Personnel:
Taylor Swift : vocal
***
Jack Antonoff : percussion, programming, synthesizer, drums, mellotron, organ, bass, guitar, piano, chorus
Lana Del Rey : vocal
Sam Dew, Zoë Kravitz : chorus
Jahaan Sweet : synthesizer, keyboards, bass, flute
Sounwave : programming
Dominic Rivinius, Dylan O'Brien, Sean Hutchinson, Michael Riddleberger, James Krivchenia : drums
Evan Smith : sax, clarinet, flute, organ, synthesizer
zem Audu : sax
Kely Resnick : trumpet
Bobby Hawk, Yuki Numata Resnick : violin
Mikey Freedom Hart : keyboards, programming, synthesizer, theremin
Keanu Beats : synthiesizer
Benjamin Lanz : drums, trombone