ブライアン・イーノがその名を轟かせるアンビエント・ミュージックを発見したのは交通事故にあって入院していた1975年1月のことです。しかし、イーノとハルモニアの面々との出会いは1974年のことです。ハルモニアがイーノに与えた影響はけっして小さくありません。

 この年にイーノはクラスターのステージに飛び入り参加してジャムっています。ハンブルグのファブリックでの出来事で、そもそもイーノは最前列に陣取っていたのだそうです。意気投合した彼らはいつの日かコラボレーションをすることを約束しました。

 それから2年後、デヴィッド・ボウイの「ロウ」に参加するために彼が住んでいたスイスに向かう途上、イーノはクラスターの拠点であるフォルストを訪問します。1976年9月のことです。本作品はこの時に行われたセッションを録音したアルバムです。

 この時、クラスターの二人、ハンス・ヨアキム・ローデリウスとディーター・メビウスに加えて、ノイ!を終えたミヒャエル・ローターもフォルストに来ていました。ハルモニアとしての活動はすでに終わっていたものの、ここでは3人そろっているのでハルモニア&イーノです。

 「トラックス・アンド・トレイセズ」と題されたアルバムですけれども、彼らはこれを各自忙しいスケジュールを縫って行ったレクリエーションだと認識しており、作品として発表する意図は持ち合わせていなかったようです。結果、陽の目を見たのは1997年のことでした。

 当初はリイシューの神様のようなライコーディスクから発表されましたが、ご紹介するのは2009年にボーナスを加えてグリーンランド・レコードから再発されたバージョンです。ジャケットも一新されました。私はこちらの表現主義的なモノクロ写真の方が好きです。

 1997年盤はローデリウスが所有していたテープをもとにリミックスしたものだそうで、ローターとメビウスも関わってはいるものの、不満の残る出来だったようです。2009年盤はローターのもっているコピーからの曲を加え、曲順も変更しています。

 なにぶん古いテープですからいろいろ大変だったことでしょう。そんな苦労を経てクラウトロックの幻のお宝が陽の目を見たのでした。素晴らしいことです。制作当時よりもハルモニアとイーノの知名度は格段に高いですし、いい時期に発表されました。

 サウンドは文句なく素晴らしいです。アルバムとして発表することを意図していなかったようですから、自由気ままな作りになっています。それこそ音のスケッチブックのようです。ビートをきかせた曲もあれば、ドローン中心の曲もあり、いずれもとてもシンプルなサウンドです。

 お互いが学びあうセッションであったことは容易に分かります。お客さんに敬意を表して、イーノが主導したと思われるトラックが多いです。「リューネブルグ・ヒース」ではイーノがボーカルまで披露しています。♪ヒースで迷子にならないように♪。

 フォルストという田舎の地のプライベート・スタジオで、何に気兼ねするでもないリラックスした雰囲気で制作された本作品はとてもピュアなサウンドに満ちています。4人が楽しそうにやり取りしているサウンドは時を超えて輝きを放ち続けています。

Tracks & Traces / Harmonia & Eno (1997 Ryko)

参照:"Future Days" David Stubbs (Faber&Faber)



Tracks:
01. Welcome
02. Atmosphere
03. Vamos Companeros
04. By The Riverside
05. Luneburg Heath
06. Sometimes In Autumn
07. Weird Dream
08. Almost
09. Les Demoiselles
10. When Shade Was Born
11. Trace
12. Aubade

Personnel:
Michael Rother : guitar, keyboards, drum machine
Dieter Moebius : synthesizer, mini harp
Hans-Joachim Roedelius : keyboards
Brian Eno : synthesizer, bass, vocal