中森明菜の通算9枚目のスタジオ・アルバム「不思議」は超問題作です。どれくらいの問題なのかというと、ウィキペディアのエントリで、本作品の属するジャンルとしてポップ・ミュージックに加えプログレッシブ・ロックが並記されているくらいの問題作です。

 ただし、プログレというと1970年代のサウンドを思い浮かべる私にとっては、この表記には違和感があります。ここでのサウンドはそうした典型的なプログレというよりも、この当時の流行りで言えばゴシック・ロックなどに近い。「プログレッシブ」ではありますが。

 中森明菜のアルバムではこれまでもさまざまなミュージシャンによる先鋭的な編曲がなされており、サウンド自体は先進的でもありました。本作品がことさら問題作と強調されるのは何と言ってもそのボーカルの処理にあります。奥に引っ込んで楽器群に埋もれています。

 よく語られるエピソードに、アルバムを購入した方々から「不良品ではないか?」と問合せがあったというものがあります。歌の専制が敷かれている歌謡界にとっては確かに大事件です。しかも、シャウトにも定評のあるド迫力の歌姫、中森明菜ですから。

 本作品は彼女の代表曲「DESIRE」の半年後、「ベスト」の4か月後、「ジプシー・クイーン」の2か月後の発表です。この年、中森明菜は2年連続で日本レコード大賞を受賞しています。中森明菜の人気が絶頂に達していた時期であることが分かります。

 そこに問題作の投入です。本作品は中森明菜初のセルフ・プロデュース作品です。コンセプトも中森発。本人はマイク・オールドフィールドの「チューブラーベルズ」にヒントを得たといいます。ミニマルなフレーズ、ホラー映画的サウンドにそれがほのみえます。あれ、プログレ?

 ボーカルを演奏と一体化するアイデアも中森明菜によるものだそうです。声も楽器だという信念に基づくもののようです。これを実現したのが本作品の全10曲中7曲で編曲を手掛けているユーロックスなるバンドです。デビューしてまだ2年、アルバムすら出していません。

 実に大胆な起用です。ここでのユーロックスは関根安里、岡野治雄、栗原務、長谷川勇の四人組で、テレビアニメの主題歌を手がけた実績があるだけでした。そんなバンドが演奏もやり直して、中森明菜の願いをかなえたというのですから凄い話です。

 ユーロックスは作曲も半分の5曲を担当しています。残りの曲は吉田美奈子とサンディー&ザ・サンセッツが2曲ずつ、もう一曲はこれもまだ新人だった安岡孝章による「マリオネット」です。編曲は井上鑑、吉田美奈子、それに吉田とゆかりのある椎名和夫です。

 彼らもユーロックスと並んで違和感がないように編曲しており、サウンド面ではアルバムのカラーが鮮明です。この当時の英国の先鋭的なロック・サウンドを容赦なく取り入れてかっこいいサウンドに仕上がっています。一切の妥協がないように思います。

 ボーカルの処理の仕方からコクトー・ツインズの影響を指摘する声もあります。そうかもしれませんが、ボーカリストとしての資質はまるで逆です。それをあえて実行に移すというのは彼女の自信の表れでしょう。引っ込んでいても彼女の声は存在感が抜群です。

Fushigi / Akina Nakamori (1986 ワーナー・パイオニア)



Tracks:
01. Back Door Night
02. ニュー・ジェネレーション
03. Labyrinth
04. マリオネット
05. 幻惑されて
06. ガラスの心
07. Teen-age Blue
08. 燠火
09. Wait For Me
10. Mushroom Dance

Personnel:
中森明菜 : vocal
***
関根安里 : violin, keyboards, chorus
井上鑑、椎名和夫、富樫春生 : keyboards
栗原務、今剛 : guitar
岡野治雄、美久月千晴 : bass, chorus
長谷川勇 : chorus
山木秀夫、アントン・フィア : drums
数原晋 : trumpet
ジェイク・コンセプション : sax
Eve、新倉芳美、藤倉克己、吉田美奈子、山川恵津子、比山清、麻生圭子、椎名和夫 : chorus