ムガール帝国で栄えた細密画を模したジャケットから伺える通り、本作品はシタール奏者によるアルバムです。奏者はヤスディープ・シン・デグン、北インドのパンジャブ州生まれの両親をもちますが、ヤスディープ自身は生まれも育ちもイギリスのリーズです。

 アルバムのタイトルは「アノマリー」、異質な存在という意味です。在英インド人であるヤスディープ自身の立場を反映しています。在英インド人は150万人近い数を誇りますし、パキスタンやバングラデシュを含めると300万人を超えますが、マイノリティーはマイノリティー。

 ヤスディープは敬虔なシーク教徒として知られています。きっちりしたターバンを巻いているシンさんはたいていシーク教徒です。リーズにはシーク教の教会があり、デグンは幼い頃からそこで歌っています。シーク教の教会は音楽に満ちているんです。

 小学校の頃には師匠について古典歌謡のトレーニングを受けるようになったデグンがシタールを始めたのが15歳の時だといいます。そこからは猛勉強が始まります。医者や弁護士になるためにするように音楽家になるために一生懸命に勉強したんだと語るデグン。

 彼が師事したダランビール・シンは英国における最も優れたシタール奏者であり、インド古典音楽の師匠だといいます。在英インド人の音楽世界はさほど広くはないので、師匠の縁もあって、ヤスディープのまわりには在英インド人ミュージシャンのネットワークができます。

 本作品はそうした多くのミュージシャンに支えられて作り上げたヤスディープのデビュー作品です。中でもヤスディープのメンターとなったニティン・ソーニーの存在が大きいです。2曲に参加しているのみですが、ヤスディープに作曲を指南したのだそうです。

 ここで展開される音楽はインド古典音楽そのままではありません。インド音楽の重要な要素であるラーガを用いた曲もありますし、使用している楽器の多くはインド音楽特有のものですけれども、伝わってくる感触はポピュラー音楽そのものです。

 演奏はインドの古典楽器のみのものとチェロやギター、ドラムなどの楽器と組み合わされたものがありますし、何と言ってもプログラミングされたサウンドが随所に用いられています。そこが全体のサウンドを現代的にしている所以であろうと思います。

 一方、古典音楽に根差した楽曲でも在英インド人の利点を生かしているところがあります。それは北インドのヒンドスタニ音楽と南インドのカルナティック音楽を境目なくフュージョンしているところです。インドでは結構両者の間に高い壁が存在するんです。

 本作品では「サジャナヴァ」で北と南の歌手が共演しますし、21分を超える圧巻の「マホガニー」では南インドのラーガを北で解釈しています。この曲は同じ在英インド人シタール奏者ルーパ・パネサーを迎えて壮絶なバトルが繰り広げられます。驚愕の大作です。

 他にも7.5拍子の「エニグマ7.5」を始め、楽曲ごとに異なる世界が繰り広げられて圧倒されます。古典音楽の伝統をしっかりと自分のものにしつつも、ごくごく自然に英国のポピュラー音楽の現在地点を取り込んだ素晴らしい作品だと思います。いや素晴らしい。

Anomaly / Jasdeep Singh Degun (2022 Real World)



Tracks:
01. Anomaly
02. Veer
03. Translucence
04. In Search Of Redemption
05. Sajanava
06. Enigma 7.5
07. Undertow
08. Rageshri
09. Ulterior Motives
10. Nadia
11. Mahogany
12. Redemption (reprise)

Personnel:
Jasdeep Singh Degun : sitar, piano
***
Aisling Brouwer : piano
Bernhard Schimpelsberger : drums
Elizabeth Hanks : cello
Eric Appapoulay : bass
Glenn Sharp : guitar
Kaviraj Singh Dhadyalla : santoor, swarmandal
Ashwin Srinivasan : flute
Kirpal Panesar : esraj
Upneet Singh : tabla
Pirashanna Thevarajah : mridangam, kanjira, ghatam, morsing
Roopa Panesar : sitar
Yarlinie Thana : vocal
Debipriya Das : vocal
David McEwan : programming
Nitin Sawhney : guitar, programming
Ian Burdge : cello
James Turner : programming
Francois Kirmann : programming
Sally Herbert : violin
Gurdain Rayatt : tabla
String section