中森明菜の7枚目のスタジオ・アルバム「ビター・アンド・スウィート」は前作からきっちり半年で発表されました。この間にミニアルバムが存在することを考えると、そのハイペースぶりが分かります。ただし、当時の人気アイドルとしては標準的ではあります。

 面白いことにシングルは3,4か月ごとに発表されており、アルバムとシングルの周期は微妙に一致しません。さらにアルバム収録ポリシーもややこしい。本作品に収録されたシングル・ヒット曲「飾りじゃないのよ涙は」は本作品発表の5か月前にすでに発表されています。

 そして本作品発表のひと月前には次の大ヒット・シングル「ミ・アモーレ」が発売されており、その収録は次のアルバムを待たねばなりません。しかもこの2曲はシングルとは異なるアルバムのための新しいバージョンでの収録です。レコード会社もいろいろと考えます。

 本作品では先述の「飾りじゃないのよ涙は」が冒頭にロング・バージョンで収録されています。一般にアイドルからシンガーへの転機になったと捉えられるほど、中森明菜にとっては重要な曲です。作詞作曲は井上陽水、編曲は萩田光雄という布陣です。

 さすがに萩田のアレンジは冴えています。どことなく山口百恵の「プレイバック・パート2」と位置づけが似ている気がする楽曲で、見事なちょっと先を行く歌謡曲仕様です。ビブラートをきかせた歌唱が素晴らしい名曲はオリコン年間チャートトップ10入りも果たしています。

 本作品では作家陣ががらりと入れ替わっています。しかも2曲を提供している角松敏生の他はみんな1曲ずつですから、作詞・作曲ともに計9人もの豪華作家陣が登場しています。しかも編曲も7人、演奏者も曲ごとに変るという恐るべき仕様になっています。

 要するに曲ごとに世界がまるで異なっているわけで、それを中森明菜の歌唱がしっかりとまとめあげるという仕組みです。特定の作家と組んでアルバムを作り上げるという方法もありますが、そうはしない。松田聖子と中森明菜、BiSHと私立恵比寿中学です。

 作家陣は、井上陽水、EPO、チャゲ&飛鳥の飛鳥涼、サンディー&ザ・サンセッツの久保田麻琴とサンディー、角松敏生、吉田美奈子とシンガー・ソングライターが並んでいます。ここにラテンの松岡直也と安全地帯でお馴染み松井五郎のコンビが加わります。

 さらにスタジオ・ミュージシャンによるAKA-GUYから斉藤ノブと与詞古のコンビ、カシオペアの神保彰とアイドル中心の作詞家SHOW。これだけでもくらくらしますが、編曲は井上鑑やムーンライダースの椎名和夫などが含まれており、さらにくらくらします。

 本作品ではラテン系の松岡などにみられるように、フュージョン系などサウンドにうるさい面々を起用して、歌謡曲的な展開からの脱皮を図っているように思います。もちろん飛鳥の「予感」などのしっとりした曲も残されており、そのあたりの配分がちょうどいい塩梅です。

 この頃の中森明菜はテレビでもどんどん凄味が出てきた時期に当たります。ちょうど少し前の沢田研二のように曲ごとに異なる世界観を作り上げて歌っていました。それはシングルだけではなく、アルバムにもいえるのでした。のりにのる中森明菜でした。

Bitter and Sweet / Akina Nakamori (1985 ワーナー・パイオニア)



Tracks:
01. 飾りじゃないのよ涙は
02. ロマンティックな夜だわ
03. 予感
04. 月夜のヴィーナス
05. Babylon
06. Unsteady Love
07. Dreaming
08. 恋人のいる時間
09. So Long
10. April Stars

Personnel:
中森明菜 : vocal
***
矢島賢、芳野藤丸、今剛、椎名和夫、和田アキラ、松原正樹、角松敏生、土方隆行 : guitar
長岡道夫、岡沢章、渡辺守朗、青木智仁 : bass
滝本末延、村上秀一、青山純、広瀬徳志、山木秀夫、江口信夫、島村英二、神保彰 : drums
浜口茂外也、斉藤ノブ、金山功 : percussion
矢島真紀子、清水信之、松田真人、奥慶一、松岡直也、津垣博通、井上鑑、林有三、友成好宏、新川博 : keyboards
富樫春生 : synthesizer
数原晋、小林正弘、吉田憲司、岸義和、林研一郎 : trumpet
新井英治、西山健治、中澤忠孝、花坂義孝 : trombone
ジェイク・コンセプシオン、中村哲、土岐英史、包国充 : sax
イブ、伊集加代子、鈴木宏子、和田夏代子、椎名和夫、Sandii、国分友里恵、山際祥子、遠藤栄子、山川恵津子、鳴海寛 : chorus
友田啓明グループ、加藤グループ : strings