ジャケットががらりと変りました。それまでは可愛らしいアイドル仕様でしたけれども、本作品ではぐっと大人な女性のポートレートに変りました。この時、中森明菜はまだ19歳です。アイドルが幼さを強調するようになってきていた時代に大きなインパクトを残しました。

 中森明菜のオリジナル・アルバムとしては6作目となる「ポシビリティ」です。前作からわずかに5か月、ハイペースでの楽曲発表が続きます。この年のオリコン・シングル年間チャートでは彼女の曲がトップ10に3曲もランクインしています。まさに人気の絶頂にありました。

 本作品はそのうちの1曲「サザン・ウインド」から始まります。安全地帯の玉置浩二が作曲、来生えつこが作詞を担当した夏向きの楽曲です。編曲は中島みゆき作品で有名な瀬尾一三でニューミュージック仕様にアレンジされています。

 年間トップ10のもう一曲はフュージョン界のスター、高中正義が作曲、「少女A」の売野雅勇が作詞を担当した「十戒」です。この曲は♪冗談じゃない~♪や♪いい加減にしてぇ~♪というきめの歌詞がすかっとする名曲です。ヤンキー明菜の真骨頂です。

 Adoの「うっせぇわ」と趣向は同じで、カラオケで歌った時の快感も共通するはずなのですが、いきなりぶちかます令和スタイルとは異なり、だんだん盛り上がって最後に言い放つところが昭和です。どちらのスタイルも捨てがたいですが、しっかり時代の変遷を感じます。

 本作品も5人の作曲家がA面とB面に一曲ずつ提供するスタイルが貫かれます。5人は玉置浩二と高中正義に加えて、来生たかお、「北ウイング」の林哲司、アイドルに強い松田良です。作詞では来生えつこが4曲、松井五郎に康珍化、売野雅勇、有川正沙子の5人です。

 編曲は瀬尾一三と高中正義の名前も見られますが、以前に戻ってほぼ全面的に萩田光雄が担当しています。ストリングスを多用した歌謡曲の王道アレンジが施されている一方でベースやドラムのサウンドなどはいかにも1980年代を感じます。

 みの氏の「戦いの音楽史」の中に「歌謡秩序」、「歌謡化」という言葉が出てきます。新しいジャンルなりサウンドが登場すると主に職業作家たちによって大衆化が図られる歌謡界の風潮を指した言葉ですけれども、ここでのサウンドなどはまさにそんな塩梅です。

 松田聖子がポップス的だったのに対して、中森明菜はもともと歌謡曲ど真ん中でしたから、ここでのサウンドなどはぴったりで、歌謡化というよりもともと歌謡秩序そのものから登場した歌手であることを再確認するといった方がよいかもしれません。

 「北ウイング」のパート2である「ドラマティック・エアポート」が収録されているところもとても歌謡曲的です。エモい歌唱がこうした構造にとても良く似合います。「秋はパステルタッチ」や「十戒」での高中正義のギター・ソロもちょうどいい塩梅で歌謡化されています。

 アーティスト志向の強い彼女はこの構造の中で呻吟しているように思います。情念たっぷりの歌声が突き抜けようとしている姿が感じられて、そこが魅力的です。テレビでのパフォーマンスの圧倒的な存在感も印象的な人気絶頂期の中森明菜のアルバムです。

Possibility / Akina Nakamori (1984 ワーナー・パイオニア)



Tracks:
01. サザン・ウインド
02. 秋はパステルタッチ
03. Otober Storm ー十月の嵐ー
04. リ・フ・レ・イ・ン
05. 地平線
06. 哀愁のMidnight
07. 十戒(1984)
08. 白い迷い
09. Blue Misty Rain
10. ドラマティック・エアポートー北ウイングPart IIー

Personnel:
中森明菜 : vocal
***
矢島賢、松原正樹、吉川忠英、鳥山雄司、谷康一、高中正義 : guitar
岡沢茂、富倉安生、高水健司 : bass
倉田信雄、山田秀俊、田代真紀子、高中正義、大谷和夫、西本明、矢島真紀子、富樫春生 : keyboards
滝本季延、島村英二、青山純、山木秀夫、岡本郭男 : drums
斉藤ノブ、鳴島英治 : percussion
山川恵子 : harp
JOEストリングス、加藤グループ : strings
数原晋、小林正弘、横山均 : trumpet
新井英治 : trombone
ジェイク・コンセプション、淵野繫雄 : sax
石橋雅一 : oboe
イブ、山川恵津子、比山清、木戸泰弘 : chorus