英国のガーディアン紙はクレア・ラウジーの音楽をレビューするに際して、「エモ・アンビエント」なる言葉を使っています。言い得て妙の表現ですね。考えてみればアンビエントとエモは
対極にある言葉ですけれども、それが無理なく同居するのがラウジーの音楽です。

 クレア・ラウジーはカナダ生まれで米国を拠点として活動する実験音楽家です。必ずといっていいほど、テキサス州サン・アントニオに長らく住んでいると紹介されますけれども、サン・アントニオには実験音楽は似つかわしくないということなのでしょうか。

 ラウジーはこれまでにも数多くの作品を発表してきています。本作品はフランスにあるシェルター・プレスから2022年に発表されたアルバムです。CDは300枚限定プレスです。配信・サブスク中心の世界でもはや少数派のCDですが、その分限定版が増えて嬉しいです。

 シェルター・プレスは2012年に設立されたレーベルで現代美術や現代詩、実験音楽などをデジタルではなく、書籍やレコードとして発表することを目的としています。媒体にこだわっているだけに本作品もジャケットを始め、ビジュアルがとても素敵です。

 ラウジーは自身の音楽が「常に変化し続けている」という通り、さまざまなサウンドを展開してきています。本作品では4人のミュージシャンによるアコースティックな楽器を使ったサウンドが特徴的です。そこにさまざまな音の素材がコラージュされていきます。

 参加しているミュージシャンはバイオリンのアレックス・カニンガムとマリ・モーリス、ハープのマリルー・ドノヴァン、そしてピアノのセオドア・ケール・シェファーの4人です。いずれも実験音楽ないしは即興演奏の世界を中心に活躍する人々です。

 調べれば調べるほど、アメリカの音楽シーンは奥が深いです。そんな分厚いシーンがあればこそラウジーの幅広い活躍が可能となるというものです。ヨーロッパにはまた同じような世界があるわけで、シェルター・プレスなどはその表れでもあります。

 本作品ではアコースティック楽器のサウンドが全面的に使われているとはいえ、あくまで素材としての使用です。フィールド録音された会話や生活音などとともに時間の中に配置されていきます。その間合いが絶妙です。エモさが立ち現れてきます。

 ラウジーはライヴでは観客の咳払いまで取り込んでサウンドを構築していくそうです。このアルバムを聴いていると、そうした話がすんなりと飲み込めます。しかも、美しい音楽ではありますが、けっして甘くはなく、耽美というよりも現実との接点が大きい。

 彼女は初対面の人と会うのが楽しくて仕方がないのだそうです。聴衆と戯れることが大好きだとは引きこもりミュージシャンとは対極にあることが分かります。サウンドのコラージュですけれども、けっして閉じた世界ではなく、広く世界に向かって開けています。

 彼女の「もっとたくさんの実験音楽家がロック・スターであったらいいのに」という発言が面白いです。本作品のいくつもの層が折り重なったように奥深いサウンドは超然としつつも生々しさを感じます。その意味では彼女はすでにロック・スターなのかもしれません。

Everything Perfect Is Already Here / Claire Rousay (2022 Shelter Press)

参照:"Those First Impressions: Claire Rousay Interviewed" Richard Foster (The Quietus)



Tracks:
01. It Flles Foolish To Care
02. Everything Perfect Is Already Here

Personnel:
Claire Rousay
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Alex Cunningham : violin
Mari Maurice : electronics, violin
Marilu Donovan : harp
Theodore Cale Schafer : piano