1990年代に入ってからのロスコー・ミッチェルはクラシックのミュージシャンと共演するなどその音楽の幅をどんどん広げていきました。そしてその活動の一つとして1992年に結成したのがノート・ファクトリーなるアンサンブルです。50歳を超えてなお精力的です。

 本作品は、ジャケットにノート・ファクトリーのクレジットはありませんけれども、一般にロスコー・ミッチェルとノート・ファクトリーの作品として通っています。タイトルは「ナイン・トゥ・ゲット・レディ」、アート・アンサンブル・オブ・シカゴと相性の良いECMからの発表です。

 ミッチェルはこの作品を「オーケストラの幅をもった即興ミュージシャンのアンサンブルを結成するという長年温めてきた夢が実現した」と記しています。そして、夢の実現に協力してくれたとしてECMのマンフレッド・アイヒャーに感謝の辞が送られています。

 そのバンドは基本的にはダブル・トリオに三管を加えたものです。すなわちピアノとベース、ドラムが二人ずつ、ミッチェルのサックスにトランペットとトロンボーンが一人ずつ、合計すると9人のミュージシャンによって構成されています。いわゆるノネットです。

 トリオの一つは日本のDIWからアルバムをリリースしているクレイグ・タボーン・トリオです。ピアノのタボーン、ドラムはタニ・タバル、ベースはジャリブ・シャヒドからなります。タバルとシャヒドはトランペットのヒュー・ラギンとともにこの頃のミッチェル・バンドの常連でした。

 もう一つのトリオはデヴィッド・ウェアのバンドが長かったベースのウィリアム・パーカー、ピアノのマシュー・シップに加えてドラムにジェラルド・クリーバーという布陣です。トロンボーンのジョージ・ルイスはミッチェルと同年代でAACMの仲間です。

 「オーケストラのレンジ」という意味合いが今一つ分かりにくいですけれども、この即興演奏に長けた9人のミュージシャンが織りなすサウンドはとても奥行きが広くてぴちぴちしています。ECMらしい録音も素晴らしく、音の一つ一つが粒だっているように思います。

 そうしたサウンドで奏でられる楽曲は全部で10曲、曲ごとにずいぶんその表情が変わります。いきなり一番長尺の「レオラ」が美しいピアノの調べで柔らかくミステリアスに始まります。まるで中世の教会を舞台にした映画のワンシーンを見るような饒舌な曲です。

 かと思うと、この時にはすでに病床にあったレスター・ボウイに捧げた「フォー・レスター・B」はボウイが得意なサーカス風のおおらかな演奏ですし、トロピカルな「ジャマイカン・フェアウェル」もあれば、怪しげなリズムの「ホップ・ヒップ・ビップ・ビル・リップ」もあります。

 最後の「ビッグ・レッド・ピーチ」に至っては、ミッチェルのボーカルが飛び出します。トム・ウェイツのようなとの形容がしっくりくるロック・チューンでアルバムを締めています。曲ごとに表情が変わりますが、サウンドはとにもかくにも美しい、その一言です。

 ストイックな求道者タイプのミッチェルが、即興演奏に長けたミュージシャンを集めて作り上げたアルバムですから、どんな音が出てくるかと思いきや、そこはさすがにAECの中心人物です。見事に生き生きとしたグレイト・ブラック・ミュージックが出てまいりました。

Nine To Get Ready / Roscoe Mitchell and the Note Factory (1999 ECM)

別アルバムの曲ですが...。


Tracks:
01. Leola
02. Dream And Response
03. For Lester B
04. Jamaican Farewell
05. Hop Hip Bip Bir Rip
06. Nine To Get Ready
07. Bessie Harris
08. Fallen Heroes
09. Move Toward The Light
10. Big Red Peaches

Personnel:
Roscoe Mitchell : soprano, alto and tenor sax, flute, vocal
Hugh Ragin : trumpet
George Lewis : trombone
Matthew Shipp : piano
Craig Taborn : piano
Jaribu Shahid : bass, vocal
William Parker : bass
Tani Tabbal : drums, djembe, vocal
Gerald Cleaver : drums