「ベルリン」は映画のような作品です。モノクロームの無声映画を見るような気になります。東西に引き裂かれていた頃のベルリンで繰り広げられる男と女の悲劇。プロデューサーのボブ・エズリンはまさに映画のコンセプトをルー・リードに提示して、見事な作品にしました。

 前作で組んだデヴィッド・ボウイとは、熱い口づけを交わした写真が公開されるほどに親密な仲でした。同じ頃、カフェで言い争い、ボウイを殴りつけた目撃談もありました。結局、二人は別れ、この作品は当時売り出し中だったボブ・エズリンがプロデュースしました。

 この出会いは見事にはまりました。ただし、あまりにはまり過ぎていたのでしょう。「ベルリン」はルーのキャリアの中でも異彩を放っていますし、この後、ルーはこうした作品を発表することはありません。ボブがプロデュースすることもありませんでした。特異な作品です。

 この作品のためにボブが集めたミュージシャンは、クリームのジャック・ブルース、スティーブ・ウィンウッドやブレッカー・ブラザーズ、トニー・レヴィンなど超一流どころが揃っており、いずれも快演を繰り広げています。ここはルー・リードの磁力が引き付けたのでしょう。

 一方で、ボブが手掛けていたアリス・クーパー関係からもディック・ワグナーとスティーヴ・ハンターという二人のギタリストが参加しています。この二人はルーと一緒にツアーを行い、この作品とはまるで関係のないようなギターを弾きまくることになります。

 ルーは「コンセプト・アルバムではない」と主張していましたが、物語はしっかりと紡がれていきますし、数多あるロック・オペラ作品と比べても、これほどまとまりのある物語はありません。サウンドも全体を同じような空気感が支配しています。

 レコードだと「あれ、回転が遅くなったかな」と一瞬思わせるようなリズムのためがとても心地よいです。それにホーンやストリングスも使ったサウンドが前面に出ていて、ロックンローラーとしてのルー・リードとは違う顔を見せてくれています。

 物語はキャロラインとジムの恋物語です。それも、キャロラインが子供を取り上げられ、自殺する痛ましいもの。それを重苦しい声でルーが歌います。特にB面。「キッド」と「ベッド」は重い重い歌ですし、「キャロラインのお話2」はDVの歌です。

 ルー・リードは基本的に詩が中心の人ですから、さすがにこういうのはお得意です。しっかりした演奏を伴っているのですが、なぜか弾き語りを聴いているような気にさせてくれます。現代の琵琶法師のようです。ルーの面目躍如たるものがあり、本当に素晴らしいです。

 しかし、ボブ・エズリンはこの作品を「早くこの糞をしまってくれ」と酷評したり、ルー・リード本人も長らくライブで取り上げないなど、必ずしも幸福な余生を送ったアルバムではありません。ところが、2006年には突然ライブで全曲再現。このサウンドは全く古びていませんでした。

 商業的にはイギリスでは大ヒットしましたが、アメリカではさほどでもないといういかにも「ベルリン」らしい結果となっています。私はルー・リード一世一代の名作だと思います。彼のキャリアの中では「メタル・マシーン・ミュージック」と並ぶキャリアの特異点でしょう。

Berlin / Lou Reed (1973 RCA)

*2011年1月12日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Berlin
02. Lady Day
03. Men Of Good Fortune 富豪の息子
04. Caroline Says I キャロラインのはなし(1)
05. How Do You Think It Feels 暗い感覚
06. Oh, Jim
07. Caroline Says II キャロラインのはなし(2)
08. The Kids 子供たち
09. The Bed
10. Sad Song 悲しみの歌

Personnel:
Lou Reed : vocal, guitar
***
Michael Brecker : tenor sax
Randy Brecker : trumpet
Jack Bruce : bass
Aynsley Dunbar : drums
Bob Ezrin : piano, mellotron
Steve Hunter : guitar
Tony Levin : bass
Allan Macmillan : piano
Gene Martynec : guitar, synthesizer
Jon Pierson : bass trombone
Dick Wagner : guitar, choir
Blue Weaver : piano
B.J.Wilson : drums
Steve Winwood : organ, harmonium
Steve Hyden : choir
Elizabeth March : choir
Dennis Fettackte : choir