ダヴィード・オイストラフを紹介する際には、どこの国の人といえばよいのか迷います。生まれはオデーシャですから、今ならばウクライナですが、彼が生まれた時にはロシア帝国ですし、亡くなった時にはソビエト連邦でした。活動の大半はソ連ということになります。

 共産主義革命が成就したソ連は文化面で優れた才能を西側諸国に対して強烈なプロパガンダに使いました。オイストラフなどはその第一弾の一人でした。トスカニーニやアイザック・スターンなどが度肝を抜かれた様子ですから確かに強烈です。

 オイストラフは二十歳の時にバイオリンのソリストとしてデビューしています。その後、ブリュッセルのコンクールで優勝して世界に名を轟かせると生涯にわたり世界で活躍したということです。本CDはオイストラフが46歳の頃に録音した作品です。

 ここで演奏しているのはチャイコフスキーの唯一のヴァイオリン協奏曲です。オーケストラはドイツのドレスデンに本拠を置く歌劇場の専属オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデン、指揮者はオーストリア・ハンガリー帝国生まれのフランツ・コンヴィチュニーです。

 オイストラフもコンヴィチュニーも第一次世界大戦よりも前に生まれていますから、彼らのプロフィールに「帝国」の名前が躍るのが感動的です。おまけに本作品は1954年のモノラル録音ですから、帝国にふさわしい歴史感が漂います。素敵です。

 この時代のモノラル録音では、前景にあるヴァイオリンの音色が際立って聴こえます。オーケストラのサウンドは一体として録音されていることもあり、後ろに引っ込んているように聴こえます。ステレオによる広がりがないモノラルらしさが何とも愛おしいです。

 演奏されているヴァイオリン協奏曲はチャイコフスキーが自殺未遂をした後、療養を兼ねて滞在したスイスにて作曲されています。献呈した相手に拒否されるという不幸な生い立ちの曲で、スラブ的抒情に満ちたとされる、かなり派手目な楽曲です。

 この曲はオイストラフの十八番であるらしく、何度も録音されており、一般的には本作品よりも1968年の録音の方が代表盤扱いされています。しかし、この曲はモノラル録音の方がよいのではないかと私などは思います。モノラルのストイックさが曲の派手さを中和します。

 手元のCDにはボーナスとして息子さんイーゴリとの二重奏が収録されています。ポーランドのヴァイオリニストで作曲家のヴィエニャフスキによる「エチュード・カプリース」とサラサーテの「ナヴァラ」です。後者はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との共演です。

 息子さんとの親子共演はいずれも小品なのですが、1958年の録音ですから、まだイーゴリは20代です。何とも微笑ましい親子共演です。本編であるチャイコフスキーよりも、こちらの方がヴァイオリンの音色も多彩でかっこよくて私は好きです。

 教科書的だとの評もあるオイストラフのヴァイオリンですけれども、多くの人が「くさい」と書きたそうにしているこの協奏曲の演奏には大そう向いていると思います。親子共演と比べると抑制気味なところも教科書的なのでしょうか。帝国風モノラル盤にはぴったりです。

Tchaikovsky : Violin Concerto in D Major / David Oistrakh (1954 Deutsche Grammophon)

1968年の方ですが。


Tracks:
01-03. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
(bonus)
04-06. ヴィエニャフスキ:エチュード・カプリース
07. サラサーテ:ナヴァラ

Personnel:
David Oistrakh : violin
Staatskapelle Dresden
Franz Konwitschny : conductor
***(for bonus)
Igor Oistrakh : violin
Gewandhausorchester Leipzig