イラバゴンと聞いて、怪獣の名前かなと思ってしまうのはウルトラマンや仮面ライダーで育った私たちの性であります。気を付けないとバロムワンのドルゲ君事件のようなことが起こってしまいかねません。やっかいな十字架を背負わされたものです。

 本作品はジョン・イラバゴンの3枚目のリーダー・アルバムです。題して「オブザーバー」です。イラバゴンは面白い人で、ここまで3枚のアルバムはレーベルも異なれば、共演しているミュージシャンもまるで異なります。ちなみに次の問題作「フォクシー」もまた違います。

 イラバゴンとは聞きなれない名前ですけれども、彼がフィリピン系アメリカ人だと聞くと納得です。タガログ・オリジンの苗字のようです。1978年にシカゴで生まれたイラバゴンは大学で音楽を学び、マンハッタン音楽学校では修士を取得しています。

 その後、ジュリアードでジャズ・プログラムを学ぶなど、人種的マイノリティーとしての苦労を味わいつつも、何とか自らのサックスを極めていきました。その彼の転機になったのが2008年のセロニアス・モンク・サックス・コンペティションでの優勝でした。

 ジョシュア・レッドマンやクリス・ポッターなどを輩出した名門コンペで優勝したのですから、俄然注目を集めます。それを具体的に示すのが、ジャズの名門コンコルドとの契約です。本作品はそのコンコルドから発表されたイラバゴンの単独リーダー・アルバムです。

 ここでイラバゴンと共演しているミュージシャンですが、まずはピアノにケニー・バロンです。いわずと知れたニューヨークの重鎮です。ベースにはバロンとの共演も多いルーファス・リード、ドラムもベテランのヴィクター・ルイス、基本はこの布陣によるカルテットです。

 どうです、このカルテット。イラバゴンはこの時30歳を過ぎたばかりなのに対し、他の三人は一番若いルイスですら60歳直前です。さらに1曲ピアノを弾いているバーサ・ホープに至っては70歳を超えています。2曲でトランペットを吹いているニコラス・ペイトンだけが30代です。

 コンコルドらしいというか何というか、若手注目株にベテラン・ジャズ・ミュージシャンを配してジャズの王道をまず歩ませようという魂胆があったように思います。イラバゴンはこの布陣を嬉々として楽しんでいるように思います。堂々たるサックスを吹いています。

 イラバゴンのスタイルは実はさまざまで、テロリスト・ビバップ・バンドと呼ばれたバンドにいたこともあります。次作「フォクシー」などはアヴァンギャルド・スタイルです。しかし、ここでは終始バップといいますか、ストレート・アヘッドなジャズを演奏しています。

 全10曲中7曲がイラバゴンのオリジナルで、ボサノバからワルツまでさまざまな曲調の曲を配しており、イラバゴンは時にダイナミックに、時にリリカルにサックスを吹きまくっています。若さ溢れる気持ちのいい演奏です。このリズム隊を相手にかっこいいです。

 バーサ・ホープが客演している「バーフライ」は亡くなったバーサの夫の曲で、バーサとイラバゴンの二人だけの演奏です。感情が込められた二人のデュオは感動的なものです。この作品でイラバゴンはジャズの王道でも十分に才能があることを示したのでした。

The Observer / Jon Irabagon (2009 Concord)



Tracks:
01. January Dream
02. Joy's Secret
03. The Infant's Song
04. Cup Bearers
05. The Observer
06. Acceptance
07. Makai And Tacoma
08. Big Jim's Twins
09. Barfly
10. Closing Arguments

Personnel:
Jon Irabagon : alto sax, tenor sax
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Nicholas Payton : trumpet
Kenny Barron : piano
Bertha Hope : piano
Rufus Reid : bass
Victor Lewis : drums