解散してしまったゆらゆら帝国のギターとボーカルを担当していた坂本慎太郎のソロ・デビュー作「幻とのつきあい方」です。ゆら帝は日本のロック界に大きなインパクトを残したバンドだけに、その中心人物だった坂本のソロは大きな話題を集めました。

 しかし、本人は話題になるのが嫌だったようで、誰にも知らせずにひっそりと本作を制作していたといいますから面白いです。ゆら帝もビジュアル面では亀川千代が圧倒的に印象に残っており、坂本は気配を隠していたようにも思いますから、もともとそういう人なのでしょう。

 このアルバムからのシングル曲「君はそう決めた」を初めて聴いた時のインパクトは忘れられません。どちらかというと暗めの重いサウンドで定評のあったゆらゆら帝国とはうって変って、コンガの音も軽やかなサウンドは耳にこびりついて今でもはがれません。

 そもそもアルバムを作るための最初のアクションがコンガの練習を始めたことだそうです。「好きな曲にはだいたいコンガ入ってるなと思って」。次がベースです。それまで持ったことももないというベースを買って弾いてみたということです。

 このアルバムで、コンガは結局エゴ・ラッピンなどで演奏している菅沼雄太が叩いていますが、ベースは坂本自身が演奏しています。そして、この二人にサックスやフルートの西内徹を加えた三人と三人の女声コーラスでほとんどのサウンドができあがっています。

 坂本は「最初は”軽いリズムでさらっと聴ける、いい曲ばかり入ってるやつ”を作ろうと思ってた」そうです。ところが、聴き通すと、「聴いた後の感じがなぜかすごくヘヴィだった」ために、「曲順変えたり音を抜いたりして、最終的にはいいところに持って行けた」としています。

 「完全に軽いものって作れないんだなと思ったんですよね」と坂本は語っています。確かに軽くはないと思いますけれども、ずいぶんと明るいサウンドだなとは思います。もともと根は明るい人なんでしょうね。こちらの気持ちは確実に軽くなります。

 ゆら帝のプロデューサーだった石原洋に本作品のことを「死人が、自分がとっくに死んでるのを気づかずに楽しそうにやってる音楽だ」と言われたそうです。坂本は「それ、めちゃめちゃかっこいいじゃないですか!」と大変喜んでいます。確かに最高の賛辞ですね。

 重いけれども軽くて、暗そうにみえて明るいという感覚を的確に表現した言葉だと思いました。コンガのサウンドもはじけてはいませんが、沈んでもいない。響きが抑えられて淡々としているところが何ともいえず美しいと思います。ありそうでないサウンドです。

 「君はそう決めた」はMVも素晴らしいです。坂本自身が頑張ってPCで制作したそうです。シンプルな言葉による情景描写が心理描写と一体化していて、つい聴き入ってしまいます。メロディーへの日本語の乗り方も最高です。実に中毒性の高いいい曲です。

 聴けば聴くほど深みにはまっていきます。一部にはかつてのニュー・ミュージック的なニュアンスも感じられますし、日本のロックの歴史をなぞったようなところもあって、それでいて確実に前進しているという稀にみる素晴らしいアルバムだと思います。

How To Live With A Phantom / Shintaro Sakamoto (2011 Zelone)

*2011年12月16日の記事を書き直しました。

参照:「坂本慎太郎スペシャル・インタビュー」フミヤマウチ(CDジャーナル)



Tracks:
01. 幽霊の気分で
02. 君はそう決めた
03. 思い出が消えてゆく
04. 仮面をはずさないで
05. ずぼんとぼう
06. かすかな希望
07. 傷とともに踊る
08. 何かが違う
09. 幻とのつきあい方
10. 小さいけど一人前

Personnel:
坂本慎太郎 : vocal, guitar, bass, keyboard
***
菅沼雄太 : drums, conga, percussion
Junko Nogi : chorus
Naoko Yoshida : chorus
Fuko Nakamura : vocal, chorus
西内徹 : alto sax, tenor sax, flute
Hiroshi Hatsuyama : vibraphone, harmonica