ジャケットのミントブルーが涼しげです。とはいえ坂本慎太郎自身が描いたイラストはちょっとユーモラスでちょっと不気味です。日常に潜む深淵を垣間見るような気分にさせてくれますけれども、蛭子能収のイラストのようなひょうひょうとした味わいを醸し出しています。

 これはイラストなんでしょうか。木版画のようにもみえます。ナンシー関の消しゴム版画のイメージが一番近いように思います。はんこを重ねて押して顔が二つにも三つにもなる。動きがあるということなのか、心の多面性をあらわしているのか、考えさせられます。

 坂本の6年ぶりとなる4作目のソロ・アルバム「物語のように」です。ただし、途中にシングルを2枚出していますから、それほど久しぶりな感じはいたしません。そのシングル2枚は本作品には収録されておらず、本作品は完全新曲のアルバムになりました。

 演奏しているメンバーは前作と変わらないいつものメンバーです。ドラムには菅沼雄太、ベースとコーラスにOOIOOのAYA、フルートとサックスに西内徹です。本作品ではAYAのボーカルが活躍する場面が多いところが特徴です。

 坂本は前作を発表して以降、積極的にライブをやるようになっていました。コロナ禍で中断する前には海外でも演奏しており、そのことが「直接的にはわからないですけど、影響しているのかもしれないと思います」と語っています。ミュージシャンらしい話です。

 海外のオーディエンスが増えているという感触をもっているようで、「決して主流ではないんですけど、いろんな国に一定数そういう人達がいて、離れててもダイレクトにたどり着けるような感じになっている」のが今っぽいと喜んでいます。

 本作品もいつもの坂本慎太郎で、1960年代に足をかけた70年代の音楽のようなサウンドは確かにアメリカのインディーズ界隈と通底する雰囲気があります。膨大な過去の音源を渉猟しつつ、自分の音楽をさらりと生み出していく、そんな雰囲気です。

 「今回はソウルっぽい感じよりも、もうちょっとロックっぽい感じ。昔のロックンロールとかオールディーズみたいなニュアンスを入れたいなと思いました」という本作品は「ちょっと明るい感じにしたいなっていうのがありましたね」と言う通り、ねっとりとしつつもすっきりしています。

 坂本の作り出すサウンドは確かに昔のロックのニュアンスがあるのですが、当然のことながら昔のサウンドとはまるで異なります。ギターの音一つとっても録音技術は大いに進歩していますから、音がまとう空気感はなまなましい現代のそれです。かっこいいですね。

 本作品からはまずタイトルトラックが先行配信され、MVが公開されました。にじんだ画面が坂本の世界を過不足なく表しています。今回はそこに女性のダンスが合わさっていて、本作品の「明るさ」を表象しているようです。暑い夏にぴったりの名曲です。

 歌詞の世界も♪それは違法でした♪を筆頭にあいかわらず意表をついたフレーズがてんこ盛りで楽しいです。グループ・サウンズや70年代フォークの雰囲気も味わえる曲調ですけれども、歌詞もサウンドも逃れようもなく現在を示しています。

Like A Fable / Shintaro Sakamoto (2022 Zelone)

参照:坂本慎太郎インタビュー 苛烈な社会の中で紡がれた「明るく抜けが良く、それでいて嘘じゃない音楽」柴那典(TOKION) 



Tracks:
01. それは違法でした
02. まだ平気?
03. 物語のように
04. 君には時間がある
05. 悲しい用事
06. スター
07. 浮き草
08. 愛のふとさ
09. ある日のこと
10. 恋の行方

Personnel:
坂本慎太郎 : vocal, bass, keyboard, guitar
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AYA : bass, chorus, piano
菅沼雄太 : drums, percussion
西内徹 : flute, sax
KEN KEN trombone