後に数多く発表されるブートレグ・シリーズの第一弾ともいえるボブ・ディラン&ザ・バンドの「地下室(ザ・ベースメント・テープス)」です。ディランが交通事故にあって世間から姿を隠していた時期に行われたセッションを記録した音源集をずいぶん後になって発表したものです。

 録音は1967年夏ごろです。当時、ディランのバック・バンドを務めていたザ・ホークス、後のザ・バンドの面々はディランに呼ばれたことを機に、ニューヨーク州にあるウッドストックにほど近い場所に「ビッグ・ピンク」と呼ばれた家を借りて住み着きました。

 その「ビッグ・ピンク」の地下室で行われたジャム・セッションは「オンボロのオープン・リール・デッキ」に録音されました。「新曲があるなら送れ」とせっつかれていたディランはデモ音源を音楽出版社に送り、それが14曲からなるアセテート盤として関係者に配布されました。

 その狙いは過たず、全14曲のすべてがさまざまなアーティストによって録音されて発表されました。中には「火の車」や「マイティ・クイン」など大そうなヒットになったものもあります。ディランのソングライターとしての面目躍如たるものがあります。

 さらにデモ音源の多くは海賊盤として市中に出回ります。それを逆手にとって発表されたのが本作品です。編集はザ・バンドのロビー・ロバートソンで、編集に際してはディランの16曲に加えて、ディラン抜きのザ・バンドによる8曲が加わり、全24曲の2枚組になりました。

 セッション時にはザ・バンドはまだホークスでしたし、ザ・バンドだけで録音した曲はさほど多くなかったために、「ベッシー・スミス」と「エイント・ノウ・モア・ケイン」などは1975年に録音されています。中心となるセッションからは実に8年も後のことです。

 もともとこのセッションは人に聴かせることを目的とするものではなく、自分たちの心の赴くままに音楽を探求していったものです。気心の知れた音楽仲間がいろんな音楽を聴いては語り合い、それを演奏に落としていく。とても穏やかな時間だといえます。

 ディラン自身も「レコーディングには理想的だった。穏やかでリラックスできる環境でね。誰かの地下室で、窓は開いたままで、床に犬が寝てたりして」なんてほのぼのと回想しています。ジャケットのサーカス一座を模した写真のイメージそのままです。

 収録された楽曲はどれも素晴らしいものです。とにかくリラックスしたルーズな演奏がたまりません。ディランの歌声もとても楽しそうです。彼らが共演した「プラネット・ウェイヴス」や「偉大なる復活」よりも、この地下室での演奏の方がよほど溶け合っている気がします。

 アメリカの伝統に根差した音楽の数々が奏でられていくわけで、どちらかと言えばザ・バンドよりです。しかし、このセッションの後でカントリー寄りの「ナッシュヴィル・スカイライン」などが制作されることを考えると、ディランの心境が推察されて面白いです。

 中心となったセッションは後に完全版が発表されますけれども、実はいろいろとごちゃまぜになっている本作品の価値は下がりません。1975年時点で海賊盤に対抗して発表された本作品ですから、あえて海賊盤的な雰囲気を漂わせているようで、かっこいいです。

The Basement Tapes / Bob Dylan & The Band (1975 Columbia)

*2014年2月2日の記事を書き直しました。



Sogns:
(disc one)
01. Odds And Ends
02. Orange Juice Blues (Blues For Breakfast)
03. Million Dollar Bash 100万ドルさわぎ
04. Yazoo Street Scandal
05. Goin' To Acapulco アカプルコへ行こう
06. Katie's Been Gone ケイティは行ってしまった
07. Lo And Behold!
08. Bessie Smith
09. Clothes Line Saga 物干しづな
10. Apple Suckling Tree リンゴの木
11. Please, Mrs. Henry おねがいヘンリー夫人
12. Tears Of Rage 怒りの涙
(disc two)
01. Too Much Of Nothing なにもないことが多すぎる
02. Yea! Heavy And A Bottle Of Bread おもいぞパンのビン
03. Ain't No More Cane
04. Crash On The Lever (Down In The Flood) 堤防決壊(ダウン・イン・ザ・フラッド)
05. Ruben Remus
06. Tiny Montgomery
07. You Ain't Goin' Nowhere どこにも行けない
08. Don't Ya Tell Henry ヘンリーには言うな
09. Nothing Was Delivered なにもはなされなかった
10. Open The Door, Homer ドアをあけて
11. Long Distance Operator 長距離電話交換手
12. This Wheel's On Fire 火の車

Personnel:
Bob Dylan : guitar, piano, vocal
Rick Danko : bass, mandolin, chorus
Levon Helm : drums, mandolin, bass, vocal
Garth Hudson : organ, clavinet, accordion, tenor sax, piano
Richard Manuel : piano, drums, harmonica, vocal
Robbie Robertson : guitar, drums, chorus