マイルス・デイヴィスのこれまた問題作「オン・ザ・コーナー」です。ネットを泳いでいると、マイルスの熱烈なファンの方とジャズの純粋主義者の皆様の間で賛否両論が渦巻いており、その問題作ぶりを堪能することができます。楽しそうで何よりです。

 「オン・ザ・コーナー」は1972年6月と7月にスタジオで録音されています。この時、マイルスが「意識していたのは、スライ・ストーンとジェームス・ブラウンだった」と明確に語っています。「もっと若い黒人達に聴かれるものにしようと、大きな努力をした」アルバムです。

 一方で、「この頃、ドイツの前衛作曲家カールハインツ・シュトックハウゼンと、1969年にロンドンで会ったイギリスの作曲家ポール・バックマスターの音楽理論に興味を持ち始めていた」とマイルスは語ります。ファンクと現代音楽融合のアイデアをもたらしたのはポールです。

 ポールが熱中していたバッハを渉猟したマイルスはその作曲法がオーネット・コールマンに通じるところがあることを発見します。こうした影響をまとめ上げた作品がこの「オン・ザ・コーナー」というわけです。マイルスはコンセプトを饒舌に語っています。

 「あの音楽の基本は、空間の扱い方にあって、べース・ラインのバンプと核になっているリズムに対する、音楽的なアイデアの自由な関連づけがポイントだった」。「それは、新しいベース・ラインに合わせて、足でリズムが取れるような音楽だ」。

 結果として出来上がった作品は、「なんて呼んでいいのかわからなくて、ファンクと思っていた連中がほとんどだったけどな」とマイルスは言います。確かにファンキーではあるのですが、スライやJBのようなファンクを思い浮かべるとかなり印象が異なります。

 コンセプト先にありきの状況でスタジオに呼ばれたのは、ちょっと懐かしいところではジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、チック・コリアなどなど。ベースはマイケル・ヘンダーソン一人ですが、ドラムはジャック・ディジョネット、ビリー・ハート、アル・フォスターの三人です。

 この複数ドラムにさらにタブラとシタールのインド楽器が加わることで本作品のサウンドが独特のものになっています。ひたすら細かく刻むリズムが全編を覆っていて、ファンキーを感じさせることになります。私は菊池ブーさんの「ススト」をちょっと思い出しました。

 セッションで入れ替えはありますが、ほぼ総勢12人の大所帯でどしゃどしゃと演奏されています。この大所帯で大きなホールを目指したことがマイルスを完全電化することにつながります。この後、マイルスはトランペットにマイクをつけてアンプを通すことになりました。

 ブキブキしたファンク・ジャズは当時の若者にはあまり浸透しなかったようですが、時代が下ってクラブ音楽が盛んになると再評価されるようになったとのことです。ただし、何もこれはマイルスだけではありませんから、傑作ではありますがその点での過大評価は禁物です。

 かっこいいサウンドによく似合うジャケットはコーキー・マッコイなるイラストレーターの作品です。私はこれを見るたびに平凡パンチの大橋歩のイラストを思い出します。あまり賛同されないのですが、同時代でもあり、あの空気が流れてくるような気がするんです。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

On The Corner / Miles Davis (1972 Columbia)



Songs:
01. On The Corner / New York Girl / Thinkin' Of One Thing And Doin' Another
02. Black Satin
03. One And One
04. Helen Butte / Mr. Freedom X

Personnel:
Miles Davis : trumpet
Dave Lievbman, Carlos Garnett : soprano sax
Bennie Maupin : bass clarinet
John McLaughlin, David Creamer : guitar
Chick Corea, Herbie Hancock : piano
Harold I. Williams : organ, synthesizer
Collin Walcott, Khalil Balakrishna : sitar
Michael Henderson : bass
Jack DeJohnette, Billy Hart, Al Foster : drums
Badal Roy : tabla, handclap