エリアーヌ・ラディーグは1932年に生まれたフランスの電子音楽作曲家です。ミュージック・コンクレートの創始者であるピエール・シェフェールの音楽に魅了されて彼の元で音楽を学び、同じく創始者の一人であるピエール・アンリの助手を務めるなどした人です。

 彼女は1960年代後半から作品を発表していますが、2000年まではほぼ全ての作品をシンセサイザーのために作曲していました。しかし、21世紀に入るとアコースティックな楽器のために曲を作るようになり、現在に至ります。2022年現在、90歳を超えてなお現役です。

 そのアコースティック楽曲の中でもオッカム・シリーズと呼ばれる膨大な作品群が有名です。本作品はフランスの現代音楽専門レーベル、シイーンから発表されているオッカム・オーシャン・シリーズの3作目、「オッカム・オーシャン3」です。

 収録されている曲は「オッカム・リバーII」、「オッカムVIII」、「オッカム・デルタIII」の3曲で、使用されている楽器は、それぞれバイオリンとチェロ、チェロ独奏、バイオリンとビオラとチェロです。いずれも各楽器の音色を電気的に増幅したドローンで構成されています。

 演奏はチェロにデボラ・ウォーカー、バイオリンにシルヴィア・タロッツィ、ビオラにジュリア・エッカードの三人で、いずれもラディーグの音楽の演奏者としても定評のあるアーティストです。ラディーグを加えた四人の女性がソファに座って微笑んでいる写真が素敵です。

 演奏場所はイタリアはボローニャ県モンテヴェーリオにあるサンタ・マリア・アッスンタ修道院です。フランチェスコ会はもともとアッシジの聖フランチェスコ以来、音楽には大変縁が深いということで彼女たちを歓迎しています。ドローンの場所としては最適です。

 ウォーカーは特にラディーグと縁が深く、本作品収録のチェロ独奏曲「オッカムVIII」は2013年に彼女が初演しています。この曲に取り組んでいた時には二人でさまざまな水と光の戯れのイメージを参照していたとしています。そもそも本作品のジャケットもそうですね。

 ラディーグ自身、しばしばヴェルレーヌの言葉「全く同じでも全く異なってもいない」を引用するそうで、ウォーカーはそれに引きずられて、ヘラクレイトスの「全く同じ川で二度泳ぐことはできない」を引き出しています。ここに本作品を鑑賞する手引きがあります。

 3曲ともほとんど変化のない真正ドローン・サウンドが20分強ずつ続きます。しかし、それは違うわけでも同じわけでもありません。その微妙な表情に目を凝らしていると、次第に音楽に取り込まれていきます。演奏する側にとっても演奏相手のサウンドと一体となるそうです。

 ラディーグはチベット仏教に帰依していることでも有名です。そうなると瞑想という言葉が浮かびます。録音場所はカトリックの修道院、宗教は違えど瞑想には最適な環境です。三人が奏でるサウンドも瞑想を促す効果も完備しています。凄いです。

 まさにドローンの真打ち登場です。電子楽器の登場で一気に普及したドローンですけれども、宗教の世界を中心にその歴史はとにかく長いわけです。その長い歴史を踏まえた上でのミュージック・コンクレート発のドローンです。その格の違いに圧倒されました。

Occam Ocean 3 / Éliane Radigue (2021 Shiiin)



Songs:
01. Occam River II
02. Occam VIII
03. Occam Delta III

Personnel:
Silvia Tarozzi : violin
Deborah Walker : cello
Julia Eckhardt : violla