アンソニー・ムーアはヘンリー・カウやスラップ・ハッピーでの活躍で知られますが、そのソロ活動は今一つ分かりにくいです。というのもその作品群がかなり入手困難だったからです。しかし、ムーアには根強い支持があって、丁寧な再発が続き、状況は改善されてきました。

 「フライング・ダズント・ヘルプ」は1979年にムーアが発表したソロ・アルバムです。ムーアの幻の作品群とは異なり、本作品は発表当時日本でも輸入盤が普通に出回っていましたから、私もリアルタイムで入手して愛聴していました。稀有なことです。

 しかし、このアルバムはイギリスでは「通常のメジャー・レーベルへの道筋を突っぱね」て、自主レーベル、クアンゴから発表されており、「それぞれのLPはレッド・テープで封印されていた」という一筋縄ではいかない発売のされ方をしていました。覚えてませんけれども。

 手元にあるものは2022年になって米国のインディー・レーベル、ドラッグ・シティがリリースした再発盤で、ムーアによればはじめてのオフィシャル・ヴァージョンだということです。何はともあれ、こうして普通に入手できるようになったことは大変喜ばしいです。

 再発にあたって、ジャケットが差し替えられているため、少し戸惑いました。さらにそれ以外にもアーティスト名がA.MoreからA.Mooreに戻され、ミュージシャンのクレジットが加わるという普通のアルバム仕様に戻っています。丁寧な仕事です。

 アルバムはムーアと親友のローリー・レイサムの二人で制作されました。二人はロンドンのオールド・ケント・ロードにあるワークハウス・スタジオとデッドタイム契約を結び、スタジオの空き時間を使ってアルバムを作っていきました。その意味では、夜のアルバムです。

 二人は「夜明けまでテープ・ループとエフェクトを使って実験した」そうで、ムーアは「トラックごとに、オーヴァーダブごとに、アルバムは組み立てられた。一発録りはひとつもなかった。外界と同じように、すべてが構築された」と制作過程を総括しています。

 これだけ聞くと、ムーアの初期の実験作品を思い浮かべてしまいますが、「ミニマリズム、反復、テープやセルロイドを使った制作と、3分間のポップ・ソングのモジュールを形成することの間の深いつながり」を探求したとムーアが述べる通り、基本は「3分間のポップ・ソング」です。

 ドラムとベースはスタジオを訪れたゲスト陣の演奏が使われており、ムーアのギターとボーカルをフィーチャーして楽器も「3分間のポップ・ソング」のそれです。とりわけ、冒頭の「ジュディ・ゲット・ダウン」はNME誌がシングル・オブ・ザ・ウィークに選んだ一品です。

 もともとスラップ・ハッピーでも分かる通り、優れたポップ感覚の持ち主だけに、実験的な側面とポップな側面との絶妙なブレンドはお得意でしょう。この頃の英国はニューウェイブの時代です。まわりの環境はムーアのような音楽には大そう好意的でした。

 ムーアがプロデュースするディス・ヒートのチャールズ・ヘイワードも参加しており、その親和性の高さを象徴しています。よく聴くと実験的なサウンド満載ですけれども、普通に極上のポップ・アルバムとしても楽しめるという稀有な一枚です。さすがはムーア。

Flying Doesn't Help / Anthony Moore (1979 Quango)



Songs:
01. Judy Get Down
02. Ready Ready
03. Useless Moments
04. Lucia
05. Caught Being In Love
06. Timeless Strange
07. Girl It's Your Time
08. War
09. Just Us
10. Twilight (Uxbridge Rd.)

Personnel:
Anthony Moore : vocal, guitr, keyboards, tape, electronics
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Bob Shilling, Charles Hayward, Chris Slade, Robert Vogel : drums
Festus, Matt Irving, Sam Harley : bass
Bernie Clark : keyboards
Laurie Latham : sax, mouthharp, chorus
Edwin Cross : chorus
Martine Moore : telephone voice