ボブ・ディランは「ブロンド・オン・ブロンド」発表の2か月後、1966年7月にバイクで転倒し、脊柱にひびが入る大けがを負いました。そのため音楽活動は中断し、世間からは隠れてしまいました。飛ぶ鳥を落とす勢いのディランを一時的にせよ失った衝撃は大きかったようです。

 時はビートルズが「サージェント・ペッパー」を世に問うて、ロックの世界が一気にかまびすしくなってきた時代です。その先駆けとも言えるディランを世間はほおっておくわけにはいかず、隠遁するディランもいろいろとメディアに追い掛け回されたそうです。

 しかし、本作品「ジョン・ウェズリー・ハーディング」は前作からわずか1年半後に発表されています。今の基準から言えば普通のインターバルなのですが、この当時のロックはとにかく進化が早かったので、1年半間が空くと隔世の感があったようです。

 レコード会社もディランの不在をほおっておけず、この間にベスト盤が発売されて大ヒットを記録しています。そんな中での待ちに待った新作です。どんな問題作が出てくるかと期待した人々は戸惑ったのではないでしょうか。シンプルなフォーク・ロックにこれまでと違う声。

 もちろんちゃんと聴くとディランそのものですけれども、その表情がまるで違います。バックを支えるミュージシャンは、前作でお馴染みのチャールズ・マッコイとケニー・バットリーのナッシュビル・コンビ、それに数曲でピート・ドレイクがスティール・ギター、それだけです。

 前作に引き続いてナッシュビルで録音された本作品に、派手なギミックは何もありません。歌声はだみ声ではなくて、綺麗な声になっています。本当にディランなのかと思った人も多いのではないでしょうか。私は本当に驚いたものです。

 「他の人たちの録音の仕方を知らなかったし、知る気もなかった」とディランは言います。「サージェント・ペッパー」に関しては「あんなにプロダクションに凝る必要はないと思ったよ」と世間の喧騒をよそに、といいますか世間の喧騒に嫌気がさして平穏な音楽に回帰しました。

 演奏は至ってシンプルですけれども、さすがにナッシュビルの凄腕ミュージシャンがリズムを支えているだけあって、実に味わい深いです。柔らかくてとても深いサウンドが、シンプルな楽曲を豊かなものにしています。わずか12時間ですべてが録音されたのも分かります。

 歌詞には変化が見られ、フォーク時代のように社会問題を取り上げた歌詞が多く、実在の悪漢を歌った表題曲、「漂流者の逃亡」、「あわれな移民」、「拝啓地主様」などが続きます。さらに見逃せないのは後にさらに大きくなる聖書なりキリスト教の強い影響です。

 ジミ・ヘンドリクスが取り上げたディランの代表曲「見張塔からずっと」も本作品が初出です。またシンプルこの上ないカントリータッチの恋の歌「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」も本作収録です。大きく作風を変えてもディランはディラン、本作は全米2位の大ヒットです。

 なお、世間からは隠遁生活と見られていたこの1年半の間にもディランは精力的に音楽活動をしていたことが後になって判明します。水面下で膨大な曲が湧いてきていたことを知ると、本作品の位置づけも変わってきます。若いディランの創作意欲はとにかく凄いです。

John Wesley Harding / Bob Dylan (1967 Columbia)

*2014年1月17日の記事を書き直しました。



Songs:
01. John Wesley Harding
02. As I Went Out One Morning ある朝でかけると
03. I Dreamed I Saw St. Augustine 聖オーガスティンを夢でみた
04. All Along The Watchtower 見張塔からずっと
05. The Ballad Of Frankie Lee And Judas Priest フランキー・リーとジュダス・プリーストのバラッド
06. Drifter's Escape 漂流者の逃亡
07. Dear Landlord 拝啓地主様
08. I Am A Lonesome Hobo あおれはさびしいホーボー
09. I Pity The Poor Immigrant あわれな移民
10. The Wicked Messenger 悪意の使者
11. Down Along The Cove 入江にそって
12. I'll Be Your Baby Tonight

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica, piano
***
Charles McCoy : bass
Kenny Buttrey : drums
Pete Drake : steel guitar