ボブ・ディランの「ブロンド・オン・ブロンド」はロック史上初の二枚組アルバムだそうです。そしてLPの片面全部を1曲が占めたのもこの作品が初です。SPからLPへと移行した記憶がまだ残っていた時代ですから、演奏の長さに頭がついていかなかった時代でした。

 ディランは傑作「追憶のハイウェイ61」を発表した後、ホークス、後のザ・バンドの面々と大音響で演奏するツアーを行いました。多くの会場でブーイングを浴びたそうですが、ディラン自身は十分な手ごたえを感じたようです。もちろんホークスの連中もです。

 しかし、本作品はそのツアーとはあまり関係ないように思えるアルバムです。実際、ホークスとはニューヨークでレコーディング・セッションを行ったのですが、そのセッションからはわずかに1曲「スーナー・オア・レイター」がアルバムに収録されているのみです。

 この作品は南部テキサスのナッシュビルにて制作されました。プロデューサーのボブ・ジョンストンの企みだそうです。ホークスからはロビー・ロバートソンが参加しており、アル・クーパーの名前も見えますが、バックを固めるのは南部の大物セッション・ミュージシャン達です。

 高額で雇われた彼らは、ディランが歌を作っている間はずっと待機させられ、いざセッションとなってもディランからの曖昧な指示が来るだけでかなり面食らったようです。ただ、「雨の日の女」だけはみんな酔っぱらえとの明確な指示があり、楽しく陽気な演奏となっています。

 ディランはこのセッションを「頭のなかに聞こえてきたサウンドに一番近づいた」と総括しています。「あの薄くて自由に動き回る水銀のような音。どんなイメージを呼び起こそうと、金属的で黄金に輝いている・・・それまでずっと作り出すことができなかった音だった」。

 実際、このアルバムの演奏は見事の一言です。チャーリー・マッコイやジョー・サウス、ケン・バットリーなど「正真正銘の南部の大物」による何とも味わい深い見事な演奏が力強い歌を支えていて、いつ聴いても聴き惚れてしまいます。深い滋養に満ちたサウンドです。

 これをバンド全体としてのまとまりと捉えるか、最後までディランと一体にならなかったところが奇蹟を生んだと捉えるか、意見は両様あるようです。どちらも捨てがたい解説だと思います。それほど歌と演奏のバランスが複雑なニュアンスに富んでいます。

 前作との違いは、ナッシュビルとニューヨークの違い、南部と北部の違いでしょうか。本作の方が柔らかくて世慣れた感じがします。歌詞は相変わらず手厳しいですが、演奏は攻撃的ではありません。ブルースやカントリーのイディオムも使いながら軽やかにロックしています。

 これまでのディランの活動の到達点ともいえるアルバムです。「女の如く」、「ジョアンナのヴィジョン」、「アイ・ウォント・ユー」、「我が道を行く」、極めつけは「ローランドの悲しい目の乙女」と名曲ぞろいで、70分強があっという間に過ぎていきます。本当に素晴らしい作品です。

 本作品はロック史上に残る名盤となりましたが、ここまでがディランの音楽の枠を超えた伝説期です。本作の後、バイク事故などによる1年半の沈黙を経て復活して以降のディランは、レジェンドではあるものの、ロック界のレジェンドとしての活躍になっていきます。

Blonde On Blonde / Bob Dylan (1966 Columbia)

*2014年1月15日の記事を書き直しました。



Songs:
(disc one)
01. Rainy Day Women #12 & 35 雨の日の女
02. Pledging My Time
03. Visions Of Johanna ジョアンナのヴィジョン
04. One Of Us Must Know (Sooner Or Later) スーナー・オア・レイター
05. I Want You
06. Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again
07. Leopard-Skin Pill-Box Hat ヒョウ皮のふちなし帽
08. Just Like A Woman 女の如く
(disc two)
01. Most Likely You Go Your Way And I'll Go Mine 我が道を行く
02. Temporary Like Achilles 時にはアキレスのように
03. Absolutely Sweet Marie
04. 4th Time Around
05. Obviously 5 Believers 5人の信者達
06. Sad Eyed Lady Of The Lowlands ローランドの悲しい目の乙女

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica, piano
***
Wayne Moss : guitar, vocal
Charlie McCoy : bass, guitar, harmonica, trumpet
Kenneth Buttrey : drums
Hargus Robbins : piano, keyboards
Jerry Kennedy : guitar
Joe South : bass, guitar
Al Kooper : organ, guitar
Bill Aikins : keyboards
Henry Strzelecki : bass
Robbie Robertson : guitar, vocal