マイルス・デイヴィスが1971年に発表した2枚組の大作「ライヴ・イーヴル」です。ライヴ演奏とスタジオ音源が組み合わされた作品になっているところが特徴です。ライヴはライヴ、スタジオはライヴを逆に綴ったイーヴル、合わせて「ライヴ・イーヴル」です。

 マイルスは逆綴りを大そう気に入った様子で、収録曲にはマイルスとデイヴィスをそれぞれ逆に綴った「セリム」と「シヴァッド」が含まれています。逆綴りは相反する事象を象徴するしぐさとなっており、アルバムのコンセプトを体現しているようです。

 「相対的なイメージが、このレコードのコンセプトだった。善と悪、明と暗、ファンキーとアブストラクト、生と死といった具合にだ」。ジャケットは表に「愛や誕生」、裏面に「悪や死の感覚」を示しています。そういうコンセプトを据えて演奏したのだと思うと興味深いです。

 この作品に収録された曲の大半は1970年12月19日にワシントンDCにあるセラー・ドアなるクラブでのライヴ録音です。曲数でいえば全8曲中4曲と半分ですが、演奏時間でいえば8割以上がそのライヴで占められています。ここに少しスタジオ音源をおまけにした感じです。

 ライヴのメンバーは、マイルスのトランペット、ゲイリー・バーツのサックス、ジョン・マクラフリンのギター、キース・ジャレットのエレピとオルガン、マイケル・ヘンダーソンのベース、ジャック・ディジョネットのドラム、アイアート・モレイラのパーカッションの7人です。

 ジャレットの一人キーボードとなっているところが注目です。同時収録のスタジオ音源はハービー・ハンコック、チック・コリアとの三人体制と、ジャレットを含まないコリアとジョー・ザヴィヌルの二人体制です。なんとも豪華な名前が並んだものです。

 さらにサックスはスタジオ音源はウェイン・ショーターもしくはスティーヴ・グロスマンとなっています。とはいえさほど目立ってはいないので聴き比べというほどではありません。スタジオで一番目立っているのはブラジルばりばりのエルメート・パスコアールです。

 マイルスはこの作品で「『ビッチェズ・ブリュー』の続きになるようなものを考えていた」そうです。端的に表れているのはライヴの「ホワット・アイ・セイ」で、ディジョネットは演奏の間中、『ビッチェズ・ブリュー』の形式にのっとった簡単なリズム」を叩き続けています。

 「演奏のすべてを、あの形式に組み合わせて欲しかった」ということです。その上で、マイルスは「音楽を高音域で捉えていた」と、確かに高い音で吹きまくっています。繰り返されるシンプルなリズムと高音のトランペットがファンキーな世界を現出させています。

 マイルスはエレクトリックなサウンドに乗せてトランペットを吹く手法を学びつつあったと言っています。それはローズ・ピアノをトランペットに対してクッションとして使うということです。ジャレットのエレピがマイルスと二人三脚になっているのはそういうわけです。

 ますますファンキーの色濃いロックに近づいてきました。「ビッチェズ・ブリュー」の好調なセールスやロック・ファンの好評(?)に気をよくして、どんどんフュージョンに突き進むマイルスです。リミッターを解除したかのような本作品もまた到達点の一つです。

Live Evil / Miles Davis (1972 Columbia)

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)



Songs:
(disc one)
01. Sivad
02. Little Church
03. Medley : Gemini / Double Image
04. What I Say
05. Nem Um Talvez
(disc two)
01. Selim
02. Funky Tonk
03. Inamorata And Narration By Conrad Roberts

Personnel:
Miles David : trumpet
Wayne Shorter : soprano sax
Steve Grossman : soprano sax
Gary bartz : soprano sax, alto sax
John McLaughlin : guitar
Chick Corea : piano
Joe Zawinul : piano
Herbie Hancock : piano
Keith Jarrett : organ, piano
Dave Holland : bass
Ron Carter : bass
Michael Henderson : bass
Khalil Balakrishna : sitar
Jack DeJohnette : drums
Billy Cobham : drums
Hermeto Pascoal : drums, vocal, piano
Airto Moreira : percussion
Conrad Roberts : narration