生涯をかけて即興演奏を追求したフリー・インプロヴィゼーションの極北デレク・ベイリーがスタンダード曲を演奏したアルバムが本作品「バラッズ」です。制作は2002年のことですから、ベイリーが亡くなるわずか3年前、72歳の晩年の作品ということができます。

 ベイリーにそんな提案をして形にしたのはニューヨークの顔役ジョン・ゾーンです。実験的な作品ばかりを扱っているゾーンのレーベル、ツァディックから発表されました。そのため、本作品ではゾーンがエクゼキュティヴ・プロデューサーとなっています。

 ベイリーは「スタンダードを演奏するという事実が即興演奏にとって何か面白いことになるのではないか」と本件を引き受けています。とはいえ、「自分のギターはスタンダードを演奏することには不適切だとは思った」と若干の躊躇があったような口ぶりです。

 しかし、「自分はいわゆる即興音楽に興味があるわけではなく、即興演奏をすることに興味があるのだ」と考え、そうであれば「今回の試みにも何かがあるだろう」との結論に至りました。スタンダードを忌避する態度が即興演奏の全き自由と相容れないということでしょう。

 本作品で演奏されている曲は、何の外連味もないストレートなスタンダード曲ばかりです。「星影のステラ」や「我が心のジョージア」、「忘れられぬ君」、「風と共に去りぬ」など邦題があるものだけを並べてみましたが、その直球ぶりが分かることと思います。

 ジャズ奏者がスタンダードを演奏する場合には、もちろんそのまま譜面通りに演奏するわけではなくて、即興を交えて自由度高く演奏するものですが、即興音楽界の極北に位置するベイリーの場合はやはり格が違うと言わざるを得ません。

 解説を書いている元ラウンジ・リザーズのギタリスト、マーク・リボーによれば、「即興演奏の経験が豊かなミュージシャンでも、いったん曲の構造のアイデアが出てきてしまえば、自由に即興をすることが難しい」ということです。構造に頼ってしまうことはもはや反射に近い。

 しかし、ベイリーの場合にはそういう誘惑に負けておらず、あくまで即興は自由に流れていくのだとリボーは言います。確かに、あちらこちらにスタンダードのメロディーが出てくるのですけれども、全体としてみればいつものベイリーの音楽です。スタンダードもごく自然。

 ベイリーという人は共演者にプレッシャーを感じさせることがないのだそうです。どんな人であってもベイリーと共演している時には自由を感じるのだということです。我を押し付けることがなく、とりまく環境をすべて受け入れる。スタンダードもベイリーの世界に溶けています。

 切れ目なく続く約40分の演奏は、ひたすら美しいです。若い頃の作品に比べると、円熟味を感じるまろやかなサウンドですが、ギターの音色はあくまで鋭く、頭が冴えわたるようです。スタンダードを演奏することの気負いや衒いなどは一切ありません。さすがです。

 ジャケットはハリウッド映画「媚薬」に登場する猫を抱いた魔女キム・ノヴァクのポートレートを大写しにした写真が使われています。これまたベイリーの他のアルバムからは一線を画していますけれども、この目力がギターにちょうどよくマッチしています。

Ballads / Derek Bailey (2002 Tzadik)

ビデオが見当たりません。悪しからず。

Songs:
01. Laura
02. What's New
03. When Your Lover Has Gone
04. Stella By Starlight 星影のステラ
05. My Melancholy Baby
06. My Buddy
07. Gone With The Wind 風と共に去りぬ
08. Rockin' Chair
09. Body And Soul
10. Gone With The Wind 風と共に去りぬ
11. Rockin' Chair
12. You Go To My Head 忘れられぬ君
13. Georgia On My Mind わが心のジョージア
14. Please Don't Talk About Me When I'm Gone

Personnel:
Derek Bailey : guitar