ボブ・ディランがエレクトリックに変身したことはポピュラー音楽界を揺るがす大事件でした。という話を随分昔から聞いていますけれども、まったくぴんときません。私が洋楽に目覚めたころはその事件から10年も経っていません。それでも日本ではそんなものでした。

 事件は本作品発表直後のニューポート・フォーク・フェスティバルで起きました。バンドを従えたディランはブーイングを浴びてステージを降り、再度ギター一本で登場して本作品収録の「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー」を涙ながらに歌いました。

 まあこういうことは繰り返されるものです。古くはワーグナーからストラヴィンスキー、ポピュラー音楽ではシンセサイザーやサンプリングへの対応、日本でいえば、フォーク歌手のテレビ出演など、ブーイング起こるところにイノベーションありということではないでしょうか。

 前置きが長くなりましたが、ディランは5枚目のアルバムとなる本作「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」からエレクトリックになりました。もっともまだ半分くらいはまだアコースティック・ギターとハーモニカの弾き語りですから、セミ・エレクトリック・アルバムです。

 参加しているミュージシャンはまず同じフォーク畑からギタリストのブルース・ラングホーン。彼以外はプロデューサーのトム・ウィルソンが集めてきたミュージシャンです。結構有名なスタジオ・ミュージシャンがそろっています。さすがはディラン、というかさすがはウィルソン。

 レコーディング・セッションは3日間にわたって行われました。初日は一人でデモ録音に費やし、翌日はその中の6曲をバンドとともに再録音、最後の日にはまたほぼ弾き語りに戻って6曲を仕上げました。1曲だけ両日に録音した曲があって、全11曲です。

 バンドのセッションでは、ほとんど説明もないまま、ディランが歌いだし、それにみんなが反応して楽器を演奏するというフリーな形がとられています。アコースティックの方もほとんどが一発録りだということで、どちらもとても臨場感にあふれています。

 まずは冒頭の「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」が衝撃的です。チャック・ベリーの曲にヒントを得たそうで、とてもパンクで挑発的な歌です。この曲はシングル・カットされており、ディランのシングルとしては初めてチャート入りしました。

 A面はそれに導かれるようにバンド演奏による曲が続きます。私は正直ほっとしています。ただでさえひりひりする曲が多い中で、アコギ一本のあまりに赤裸々な演奏に比べてバンド演奏は緊張感をほどよく柔らかくほぐしてくれます。息をつくスペースが出てきます。

 B面は弾き語りプラスアルファのアコースティック・セットです。しかし、前半に引きずられているのか、曲調がとてもメロディアスで、フォークというよりもロック寄りです。エレキ・ギターを使った「ミスター・タンブリンマン」が象徴的です。バーズがバンドでヒットさせるあの曲です。

 もはや次から次へと湧き出てくる言葉を受け止める音楽はディラン一人の手には負えなくなってきたということでしょう。バンド・サウンドを取り入れたディランの音楽は新たな聴衆を獲得しました。本作品は全米6位と初めてトップ10入りするヒットになりました。名作です。

Bringing It All Back Home / Bob Dylan (1965 Columbia)

*2014年1月10日の記事を書き直しました。



Songs:
01. Subterranean Homesick Blues
02. She Belongs To Me
03. Maggie's Farm
04. Love Minus Zero / No Limit
05. Outlaw Blues
06. On The Road Again
07. Bob Dylan's 115th Dream
08. Mr. Tambourine Man
09. Gates Of Eden エデンの門
10. It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)
11. It's All Over Now, Baby Blue

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica, keyboards
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John P. Hammond, Kenny Rankin, Al Gorgoni, Bruce Langhorne : guitar
John Sebastian, John Boone, Joseph Macho Jr., Bill Lee : bass
Bobby Gregg : drums
Paul Griffin : piano, keyboards
Frank Owens : piano