ずいぶん前の話ですが、私の故郷で友人が海べりの公園まで軽トラにドラムを積んでやってきては海に向かって演奏していました。家でたたくと怒られるからという理由でしたが、自然の中で室内楽器を演奏するのは大変気持ちよさそうでした。

 「マリンバ・ネリネリ新居浜」はマリンバ奏者野木青依による作品で、「愛媛県新居浜市の街をマリンバとともに練り歩き、行く先々の環境音を頼りに即興演奏をした3日間の記録」です。新居浜のあかがねミュージアムとのコラボで実現しました。

 野木は「11歳からマリンバ演奏を始め、桐朋学園大学音楽学部卒業後は銭湯の浴室や高架下倉庫、カフェなど日常に近い空間での演奏会を開催」してきたアーティストで、「マリンバ・ネリネリ」はマリンバと街を練り歩くシリーズ企画です。

 本作品は映像作品も一緒に作られています。映像をみると演奏している場所がはっきりと分かりますから、まずは音源を聴いて、その後で映像を見て謎解きとするという楽しみ方ができます。まあ、音源だけでも十分に楽しいですけれどもね。

 この作品で野木が訪れたのは「みんなのコーヒー」なる喫茶店、フェリーで大島に渡って、「ジャックの牧場」、また戻って「大石工作所」なる工場、噴水のある公園「憩いの森」、商店街「登り道サンロード」、最後は「あかがねミュージアム」の6か所です。

 各場所をつなぐのは「ネリネリ」と題された音のスケッチで、実際にマリンバを押して練り歩いている様子を収録しています。途中で交わされた会話も録音されており、さらには途中で保育園を通った際に園児と交流する様子も描かれています。

 保育園の皆さんの前では少しばかりバッハの無伴奏チェロ組曲を弾いていますけれども、それ以外は即興演奏です。その演奏は演奏される場所、とりわけそこに立ち現れる環境音との交感によって変化していきます。そこに野木の狙いがあるのでしょう。

 「何か・誰かが発する音と自分が発する音を、音楽として常に受け入れ続ける。受け入れ続けた先に、音楽の形が見えてくるという時間でした」と野木は語ります。環境音は控えめながらしっかり収録されており、音源だけでも追体験は十分可能です。

 新居浜ではやはり海が大きいです。波の音は環境音の王様でもあります。一方で、インダストリアルなノイズの宝庫である工作所とも勝負していますけれども、さすがに工場内ではなく外での対決になっています。そこはマリンバですからね。

 マリンバがこれほど野外が似合う楽器だとは思ってもみませんでした。まわりの環境と溶け合いながら一音一音が実に丁寧に演奏されていきます。音数を抑えたアンビエントともいえる演奏は自然そのものです。豊かな音色が心にしみてきます。

 一方で、ミュージアムでの演奏は他のセッションとは一線を画すクラシックの王道的な演奏です。この落差が面白いです。やはりミュージアムの空間は芸術音楽を促してくるのでしょう。これはこれで環境とのインターアクションです。大変素敵なアルバムでした。

Marimba Nerineri Niihama / Aoi Nogi (2022 あかがねミュージアム運営グループ)



Songs:
01. ネリネリ<荷内の海沿いで>
02. みんなのコーヒー(荷内)#1
03. みんなのコーヒー(荷内)#2
04. ネリネリ<フェリーに乗って大島へ>
05. ジャックの牧場(大島)#1
06. ネリネリ<ヤギ御一行の到着を待つ>
07. ジャックの牧場(大島)#2
08. 大石工作所(多喜浜)
09. 憩いの森(泉池町)
10. ネリネリ<商店街を移動中>
11. 登り道サンロード(泉池町)
12. ネリネリ<保育園の皆さんと出会う>
13. あかがねミュージアム(坂井町)

Personnel:
野木青依 : marimba