「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」、ボブ・ディランのもう一つの顔といったところでしょうか。ディランはこの後もアルバム毎にさまざまな顔を見せてくれますから、デビュー作を除くすべてのアルバムにこのタイトルがついていてもおかしくありません。

 前作からわずか7か月で発表されたディランの4枚目のアルバムはどこがアナザー・サイドかというと、社会派プロテスト・シンガーとしてのディランがラヴ・ソングを歌っていることだと一般には解釈されます。それほどプロテスト・シンガーとしてのイメージが強かったのでしょう。

 このアルバムの楽曲には社会問題を扱ったものはありません。ディラン自身、「今回は非難する曲は入っていない」と言っています。「スポークスマンにもなりたくないんだ。これからはぼくのなかにあるものを曲にしていきたいんだ」と気持ちを吐露しています。

 前作から本作品の間にディランにはいろいろなことが起こりました。ビートルズが本格的にアメリカに進出してきました。恋人スーズ・ロトロと別れました。ヨーロッパ・ツアーを成功させました。ポピュラー音楽界は大きく動き、そこに激動の自分史が重なりました。

 「ぼくはもう人々のために曲を書きたくない」という気持ちも分かります。自分だけで手一杯です。「だれかに振り向いてもらうために書いた意図は一切ない。ぼく自身、ぼく独りが書きたいと思ったり、書く必要性があると思ったりしたから書いた」んです。

 この姿勢に失望した人も多かったようです。社会問題の語り部としてのディランに傾倒していた人々はそりゃ失望するでしょう。しかし、彼の音楽に心を動かされてきた人々はそうではなかったんでしょう。ひりひりする内省的な曲はそういう人にはより響いたことでしょう。

 アルバムは1964年6月9日の夜、わずか6時間で一気に録音されています。今回も演奏はディラン一人です。ギターとハーモニカを弾き語るディランですが、今回は「黒いカラスのブルース」にてピアノを披露しています。荒っぽい音色が素敵です。

 一気に録音されたことも効いているのでしょうが、アルバムは全体にさらに統一感が増していて、曲と曲が溶け合っているようにも聴こえます。トーキング・ブルースの「アイ・シャル・ビー・フリーNo10」や「悪夢のドライブ」のぶっきらぼうさなどもぴったり収まっていますから。

 この作品はディランがエレクトリックに走る前夜の作品ということで、何とかフォーク・ロックの原点に据えようという後知恵が目立ちます。確かに、最後の「悲しきベイブ」などはブライアン・フェリーのバージョンで親しんでいることもあって、ロック的に感じないこともありません。

 しかし、無理にロックに引き付けて聴く必要などありません。プロテスト・シンガーとしての虚実ないまぜのディランの姿から解き放たれて、正直に自由にフォーク・ソングを歌っているという事実に虚心坦懐に向き合えばよいだけのことです。

 全体に哀しい作品です。どこかぽっかりと穴が空いたような精神状態が聴こえてきます。まだまだ若いディランですから、あちらこちらと自分探しが続いているんでしょう。自分の中に深く深く分け入っていく姿には共感するところが多いです。これまた傑作です。

Another Side Of Bob Dylan / Bob Dylan (1964 Columbia)

*2014年1月8日の記事を書き直しました。



Songs:
01. All I Really Want To Do
02. Black Crow Blues 黒いカラスのブルース
03. Spanish Harlem Incident
04. Chimes Of Freedom 自由の鐘
05. I Shall Be Free No. 10
06. To Ramona ラモーナに
07. Motorpsycho Nitemare 悪夢のドライブ
08. My Back Pages
09. I Don't Believe You
10. Ballad In Plain D Dのバラッド
11. It Ain't Me Babe 悲しきベイブ

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, piano, harmonica