まるで別人のようなジャケットは、敬愛するウディ・ガスリーのアルバムに範をとったものです。どこかの難民かと思ってしまうくらいの衝撃的なポートレートに包まれたボブ・ディランの三枚目のアルバム「時代は変る」です。またまたディランの代表作の登場です。

 本作品は前作の終わりごろから関わっていたトム・ウィルソンが全面的にプロデュースを担当しています。そのせいかどうか分かりませんが、アルバム全体が一つの色に染め上げられて、大変にまとまりのある完成度の高い作品になっています。

 トム・ウィルソンという人は、フランク・ザッパ先生やヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファースト・アルバムにも関わっていますから凄いです。もともとジャズに強い人で、サン・ラーやセシル・テイラーなどの異能の人を扱っています。先見の明のある人です。

 本作品では全曲がディランの自作曲になりました。プロテスト・フォーク・シンガーとしてのディランを最もよく象徴するアルバムです。全曲、ギターとハーモニカの弾き語りで、前作よりもさらに落ち着いた雰囲気で、自信に満ちた大物感が漂っています。

 ディランの人気を決定づけたのは1963年7月のニューポート・フォーク・フェスティヴァルへの出演だとされています。それまではせいぜい市民会館クラスの会場で演奏していたディランですが、同フェス以降はカーネギー・ホールを満杯にするほどの人気を獲得します。

 1963年11月に起こったケネディ大統領暗殺事件に端的に象徴されるように、当時のアメリカは激動の時代でした。そのような時代を背景に、ディランはプロテスト・フォーク・シンガーとして一世を風靡するようになっていったわけです。

 ディランは本作品で、「しがない歩兵」や「ハッティ・キャロルの寂しい死」で実際の理不尽な事件を歌い、「神が味方」で分かりやすく反戦を唱えています。代表曲「時代は変る」は親の世代に対して♪理解できないからと言って非難するな♪とメッセージをぶつけます。

 ディラン自身が「時代の精神を伝えたくて、持てる知識を総動員し、それを歌に昇華させようとした」と語っていますから、社会とのかかわりを強く意識していたことが分かります。しかし、プロテスト・シンガーないしは活動家というレッテルはどうなんでしょう。

 ディランの場合、メッセージを強く訴えかけるというよりも、そのベクトルが内面に向かっているように思います。中村とうよう氏は「自分も含めた人間全体のひとしく共有する弱さ、ダメさを内省的にえぐり出している」とディランを評しています。

 社会の理不尽を歌っても、自らの苦悩として受け止めているようです。そのため、社会派バリバリの曲が「木綿のハンカチーフ」の元ネタとなったという「スペイン革のブーツ」のような恋愛の歌とうまく共存できています。どちらも自分ごとであるということです。

 本作品はチャート的には全米20位とそこそこのヒットにとどまっていますけれども、世間の反響は大きく、ある意味では社会現象を巻き起こしています。当時のディランは音楽の世界にとどまらない政治的な存在になりました。いいギタリストなんですがね。

The Times They Are A-Changin' / Bob Dylan (1964 Columbia)

*2014年1月6日の記事を書き直しました。

参照:「ボブ・ディラン」湯浅学(岩波新書)、「ロックが熱かったころ」中村とうよう(ミュージック・マガジン)



Songs:
01. The Times They Are A-Changin' 時代は変る
02. Ballad Of Hollis Brown
03. With God On Our Side 神が味方
04. One Too Many Mornings いつもの朝に
05. North Country Blues
06. Only A Pawn In Their Game しがない歩兵
07. Boots Of Spanish Leather スペイン革のブーツ
08. When The Ship Comes In 船が入ってくるとき
09. The Lonesome Death Of Hattie Carroll ハッティ・キャロルの寂しい死
10. Restless Farewell 哀しい別れ

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica