フィリピンではボンボン・マルコス大統領が誕生しました。隔世の感があります。ご存じの通り、ボンボンの両親は故マルコス大統領とイメルダ夫人です。昇り詰めた後に失墜し、一度はフィリピンを追われた夫妻の物語は大変にドラマチックなものです。

 本作品はデヴィッド・バーンによるイメルダ・マルコス物語です。きっかけはエチオピアのハイレ・セラシエ皇帝の超現実的な日常生活に関する本を読んだことだそうです。頭の奥にしまわれたアイデアが同じような生活を送ったイメルダ夫人のニュースに触発されて甦りました。

 マルコス大統領の在任期間は1965年から1986年の長きにわたります。イメルダ夫人はその間ファースト・レディでありつづけました。バーンをいたく刺激したのは彼女がディスコ好きだったということです。特に70年代後半から80年代にかけて。

 こうして物語とそこに流れる音楽が形作られていきました。主題は「パワフルな人物のエネルギーの源となっているのは何か」との問いかけです。ここではイメルダ夫人と必ずしも恵まれなかった幼少期を支えたメイドのエストレラ・カンパスを対置して掘り下げていきます。

 2枚組全22曲は二人の物語を語っていきます。その際、実際にイメルダ夫人やマルコス大統領が語った言葉を入れたことで生々しさが増しています。そうしてこのストーリーや演劇的要素をディスコに持ち込んでみる。それがバーンの挑戦でした。

 今回、相棒に選んだのは「ダンス・ミュージック・シーンの顔役」ファットボーイ・スリムでした。それまで面識がなかったそうですが、コンセプトにぴったりの人選です。ファットボーイは友人のケイジドベイビーことトム・ガンデイも引っ張り込み、本作をバーンと共作しました。

 プロジェクト自体は何回か実際にライヴ・パフォーマンスが行われていますが、本作品はオーディオ作品として独立したものです。最大の特徴は総勢21名ものボーカリストの参加です。大半がイメルダ夫人ないしエストレラ役の女性歌手です。

 これが本当に豪華です。シンディ・ローパー、トーリ・エイモス、ケイト・ピアソンなどのベテランからセント・ヴィンセント、フローレンス・ウェルチ、シャラ・ウォルデンなどの若い世代まで、ジャンル的には結構幅が広い人選です。歌姫、夢の共演と言ってしまいたいところです。

 サウンドは狙いあやまたず、しっかりと1980年前後のディスコないしクラブ音楽のテイストを漂わせたダンス・ミュージックになっています。バーンの持ち味も当然生かされているのですが、ここはややファットボーイ・スリムが強めにでています。

 とはいえ、下手なパロディになどなっていません。彼らのことですから当然ですけれども、さまざまな音楽を下敷きにした大変豊かなサウンドです。幅の広い先鋭的なサウンドなのですが、全体を覆う空気はあの時代のダンスです。そこが凄いところです。

 タイトルの「ヒア・ライズ・ラヴ」は夫人が自らの墓碑に刻んでほしいと願った言葉です。この話を読んだバーンは、まるでタイトルを手渡してもらったように思ったようです。その他にも曲名や歌詞に散りばめられた彼女の言葉には本当に考えさせられます。

Here Lies Love / David Byrne & Fatboy Slim (2010 Nonesuch)



Songs:
(disc one)
01. Here Lies Love
02. Every Drop Of Rain
03. You'll Be Taken Care Of
04. The Rose Of Tacloban タクロバンの薔薇
05. How Are You?
06. A Perfect Hand
07. Eleven Days
08. When She Passed By
09. Walk Like A Woman
10. Don't You Agree?
11. Pretty Face
12. Ladies In Blue
(disc two)
01. Dancing Together
02. Men Will Do Anything
03. The Whole Man
04. Never So Big
05. Please Don't
06. American Troglodyte
07. Solano Avenue
08. Order 1081
09 Seven Years
10. Why Don't You Love Me?

Personnel:
David Byrne : guitar, vocal, piano, keyboards, percussion, programming
Fatboy Slim : programming, bass, loops, synthesizer, organ
***
Florence Welch, Candie Payne, St. Vincent, Tori Amos, Martha Wainwright, Nellie McKay, Steve Earle, Cyndi Lauper, Allison Moorer, Charmaine Clamor, Róisin Murphy, Camille, Theresa Andersson, Sharon Jones, Alice Russell, Kate Pierson, Sia, Santigold, Nicole Atkins, Natalie Merchant, Shara Worden : vocal
Ganda Suthivarakom : chorus
Cagedbaby : keyboards, bass loop
José Luis Pardo : guitar
Mark degli Antoni : marimba, mellotron, organ
Mauro Refosco : percussion
Paul Frazier, Paul Sandrone, José Rafael Torres : bass
Thomas Bartlett : piano, keyboards
Tony Finno : piano
Armand Figueredo : piano
Graham Hawthorne : cajón, drums
Amy Kinball, Galina Zhdanova, Hiroko Taguchi, Pauline Kim : violin
David Gold, Cyrus Beroukhim : viola
Garo Yellin, Arthur Cook : cello
CJ Camerieri, Kenneth de Carlo, John Sheppard, Barry Danielian : trumpet
Greg Smith, Chad Yarbrough, Theodore Primis : French horn
Michael Seltzer, Dan Levine : trombone
David Mann : tenor sax
Paul Shapiro : baritone sax
Jay Hassler : clarinet
Rick Heckman, David Young : flute, oboe
Kenneth Finn : euphonium