マイルス・デイヴィスが1970年6月17日から20日の4日間、ニューヨークのロックの聖地フィルモア・イーストで行ったライヴの記録です。発表されたのは同年10月のことです。今となっては他の日のフィルモアでのライヴも聴けますが、当時はこれが唯一のレコードでした。

 演奏しているのは、マイルスに加え、サックスのスティーヴ・グロスマン、ベースはデイヴ・ホランド、ドラムにジャック・ディジョネット、パーカッションにアイアート・モレイラ、エレピのチック・コリア、そしてオルガンにキース・ジャレットという布陣です。

 マイルスのバンドにコリアとジャレットの「二人が一緒にいたのは、三、四か月の短い間だけだった」そうですから、貴重な録音です。ここではコリアが電子ピアノ、ジャレットも電子楽器には忌避感があったようですが、大人しく電子オルガンを弾いています。

 なお、マイルスによれば、チック・コリアは「オレに直接は何も言わなかったが、キーボードが二台とお云うのをあまり気に入ってなかった様子だった」とのことです。いかにもコリアらしいですね。ただし、それをいうならジャレットもそうだったことでしょう。

 本作品はプロデューサーのテオ・マセオによって2枚組に編集されています。LPの各面が「曜日+マイルス」と題されています。ウェンズデイ・マイルスからサタデイ・マイルスまで、元々はそれだけのクレジットで、曲名表記はありませんでした。

 いずれも一続きの演奏ですが、印税の関係もあるのでしょう、後に分解されて曲名が表記されるようになりました。演奏されているのは「ビッチェズ・ブリュー」や「イン・ア・サイレント・ウェイ」からの「イッツ・アバウト・ザット・タイム」など、毎日ほぼ同じセットだったのでしょう。

 もちろんマイルスのバンドのことですから、毎日、まるで演奏の表情が異なります。ジャズのいいところです。同じ曲を演奏していてもまるで違う。ファンの間で最も人気が高いのがフライデイ・マイルスです。確かに後半二日の方が私も好きです。

 この四日間のステージで対バンしているのはローラ・ニーロです。この頃のマイルスはフィルモア以外でもロック・バンドと共演することが多かったようで、ザ・バンドなどとも同じステージに立っていますが、それにしてもローラ・ニーロとは驚きです。

 ローラ自身はマイルスとジョン・コルトレーンを崇めているそうですが、ファンはどうなのでしょうか。ローラの父親の証言によると、オープニングのマイルスの時には客席はがらがらだったそうです。大きな拍手が重ねられていますが、やはりそうなのでしょう。

 とはいえそれで手を抜くマイルスではありません。エレクトリック・セットによる怒涛の演奏が繰り広げられます。心なしか後になるほどロック度が増していく感じがします。ディジョネットのドラムとホランドのベースってこれほどロック的だったかと驚きました。

 「ビッチェズ・ブリュー」の続編とも言うべき「ライヴ・イーヴル」を録音した直後のライヴということもあり、ノリにのっているバンドの記録です。キーボード二人の解像度がよろしくないのは残念ですが、猥雑な感じのする汗の飛び散るライヴはとても楽しいものです。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

At Fillmore / Miles Davis (1970 Columbia)



Songs:
(disc one)
Wednesday Miles
01. Directions
02. Bitches Brew
03. The Mask
04. It's About That Time
05. Bitches Brew / The Theme
Thursday Miles
06. Directions
07. The Mask
08. It's About That Time
(disc two)
Friday Miles
01. It's About That Time
02. I Fall In Love Too Easily
03. Sanctuary
04. Bitches Brew / The Theme
Saturday Miles
05. It's About That Time
06. I Fall In Love Too Easily
07. Sanctuary
08. Bitches Brew
09. Willie Nelson / The Theme

Personnel:
Miles Davis : trumpet
Steve Grossman : soprano sax, tenor sax
Chick Corea : piano
Keith Jarrett : organ
Dave Holland : bass
Jack DeJohnette : drums
Airto Moreira : percussion, voice