マイケル・ナイマンの名前を一躍有名にした1993年の映画「ピアノ・レッスン」のサウンドトラック・アルバムです。サントラにしては珍しく英国や米国など各国でゴールド・ディスクに輝く大ヒットを記録し、現代音楽畑の作曲家ナイマンの名前が広く知れ渡ったのでした。

 「ピアノ・レッスン」はカンヌ映画祭でパルムドール大賞を受賞しましたし、米国アカデミー賞でも作品賞は逃したものの、主演女優賞、助演女優賞など4部門を受賞しています。商業的にも大成功していますから、これはもう名画と言わざるを得ません。

 原題は「ザ・ピアノ」です。ホリー・ハンター演じる主人公エイダは自らの意思でしゃべることを止めてしまっているため、手話は使うものの、エイダにとってピアノが自身の内面を表現するきわめて重要な楽器になっています。いわばピアノはエイダと一体化しています。

 「彼女がピアノを演奏すれば、ピアノは彼女の身体となり、彼女は音楽そのものになる」。そんな映画におけるサウンドトラックの重要性は推して知るべしです。エイダの弾くピアノは主人公と一体ですから、いわばピアノも演技をしているわけですね。

 ナイマンは自身の使命を「エイダのためのサントラを書くことだった。映画のではなく、彼女のための音楽だ」と語っています。すなわち、「それぞれの場面でエイダが演奏するため、もしくは音楽を通して話すために彼女自身が作曲したような楽曲」を提供することです。

 映画の中では実際にホリー・ハンターが演奏しているトラックが使われているそうです。ハンターはもちろんプロのピアニストではありませんが、ここではプロフェッショナルな演奏者が素通りさせてしまう要素を引き出しているとナイマンは高く評価しています。

 本作品ではナイマン自身がピアノを弾いていますけれども、むしろ「ホリーの演奏に大いに影響されたものになった」と自身の演奏を評しています。確かにエイダ自身も自己流のピアニストですから、あまりにプロフェッショナルだと映画に相応しくありません。

 ナイマンはミニマル音楽の作家として知られています。私がナイマンの名前を初めて知ったのはブライアン・イーノのオブスキュア・シリーズに含まれていた「ディケイ・ミュージック」です。音の減衰をテーマにしたかなり実験的な作品でしたが、本作品とのつながりも感じます。

 本作品もミニマルなパターンの繰り返しが基本になっています。それぞれの楽曲にドラマチックな盛り上がりがあるわけではなく、比較的平坦に進んでいくのですが、その術中にはまると抜け出せなくなりそうです。それぞれの楽曲がサントラらしく短いので助かってますが。

 演奏しているのはミュンヘン交響楽団とマイケル・ナイマン・バンドから3人のサックス奏者、そしてナイマンです。もちろん中心になっているのはピアノです。中でもピアノ・ソロ曲「悲しみを希う心」は本作品のメイン・テーマとして人気を集めました。

 音楽はアカデミー賞にノミネートもされていませんが、これはアカデミーの音楽部門が保守的だからでしょう。映画との距離が特異なサントラですけれども、むしろエイダの作品として独り立ちしてもおかしくない作品です。ハンターの演奏でもよかったかもしれませんね。

The Piano / Michael Nyman (1993 Virgin)



Songs:
01. To The Edge Of The Earth 最果ての地へ
02. Big My Secret
03. A Wild And Distant Shore 汀に打ち捨てられて
04. The Heart Asks Pleasure First 悲しみを希う心
05. Here To There
06. The Promise 果たされない約束の予感
07. A Bed Of Ferns 歯朶のベッド
08. The Fling フリング(スコットランドの踊り)
09. The Scent Of Love 愛の香気
10. Deep Into The Forest 奥深い森を通って
11. The Mood That Passes Through You あのとき芽生えた気持ち
12. Lost And Found
13. The Embrace 抱擁
14. Little Impulse わずかな衝動
15. The Sacrifice 犠牲者
16. I Clipped Your Wing だから翼を切った
17. The Wounded 傷を負う者たち
18. All Imperfect Things すべての不完全なるもの
19. Dreams Of A Journey 旅立ちを夢みて
20. The Heart Asks Pleasure First / The Promise

Personnel:
Michael Nyman : piano, conductor
***
John Harle : soprano sax, alto sax
David Roach : soprano sax, alto sax
Andrew Findon : tenor sax, baritone sax, flute, alto flute
Munich Philharmonic Orchestra