ジャケット制作は前作に引き続いてヒプノシスが当たっています。今回彼らが使用したのはハンフリー・オーシャンという英国の画家が描いた鉛筆画です。ここまで緻密に描く根性は凄いと言わざるを得ません。クレイ・アニメーションの作業にも通じる英国的な執拗さです。

 このやり過ぎてしまうほどの徹底的なこだわりぶりは10ccの音楽そのものです。3枚目となるこの作品に収録された楽曲は前作ほどではないにしても、どれ一つとしていわゆる普通の曲はありません。クイーンに「ポップ界の教授たち」と呼ばしめたバンドらしいです。

 「オリジナル・サウンドトラック」はしばしば10ccの最高傑作と呼ばれます。この点についてはさまざまな異論があることでしょう。しかし、アルバムに含まれる「アイム・ノット・イン・ラヴ」が10ccの圧倒的な代表曲であることは衆目の一致するところです。

 10ccは本作品からマーキュリー・レコードに移籍しました。そのきっかけになったのがこの曲です。マーキュリーのえらいさんが「これは傑作だ」と惚れ込んだことから移籍が実現したのだそうです。結果は全英1位、全米3位の大ヒットにして70年代コンピの常連です。

 エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンが書いた美しすぎるメロディーを、ケヴィン・ゴドレイとロル・クレームの二人が森の中にいるかのような斬新な響きのアレンジを施して出来上がったという四人のチームワークが生み出した大傑作です。

 アルバムに戻りましょう。この作品は一大コンセプト・アルバムになっています。架空の映画のサウンドトラックという設定です。いきなり冒頭には台詞を歌詞にした「パリの一夜」なるオペラないしはミュージカル調の曲が出てきます。しかも三部構成です。

 まとまった一つの曲というよりも、いくつものシーンが現れては消えていく、まさに映画のような曲です。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」に影響を与えたとか、ミュージカル「オペラ座の怪人」にメロディーの一部が使われているとかエピソードに事欠きません。

 以降の楽曲は必ずしも物語風に統一されているわけではありませんが、それぞれの楽曲がそれぞれの物語を語っているように聴こえます。曲調もさまざまで、ソウル風の曲もあれば、ボードヴィル調の曲もあり、言われてみればサントラ然としています。

 音楽評論家の湯浅学氏は「少々こじつければ、『我が愛のフィルム』にはヴァン・ダイク・パークスに遠くないものを感じてしまうのであった」と書いています。これには全く同感です。大西洋の東西のポップ・マエストロには相通じるものがあるのは当然なのでしょう。

 本作品からのもう一つのシングル・ヒット曲は「人生は野菜スープ」です。彼らにしては比較的ストレートな楽曲ですが、英国ではヒットしたものの米国ではさっぱりでした。米国は皮肉ながら分かりやすい歌詞の「アイム・ノット・イン・ラヴ」を好んだんですね。

 本作品は英国では4位、米国でも15位となる大ヒットを記録しました。英国ではコンスタントに人気のある10ccですが、米国で大ヒットといえるのはこの作品くらいです。その意味では特異な作品です。やはりカラオケ映えもする「アイム・ノット・イン・ラヴ」の力でしょうか。

参照:「嗚呼、名盤」湯浅学(レコードコレクターズ増刊)

*2012年2月25日の記事を書き直しました。

Original Soundtrack / 10cc (1975 Mercury)



Songs:
01. Une Nuit A Paris パリの一夜
a) One Night In Paris パリのある夜
b) Same Night In Paris 同じその夜のパリ
c) Later The Same Night in Paris 夜がふけて
02. I'm Not In Love
03. Blackmail ゆすり
04. The Second Sitting For The Last Supper 2度目の最後の晩餐
05. Brand New Day
06. Flying Junk
07. Life Is A Minestrone 人生は野菜スープ
08. The Film Of My Love 我が愛のフィルム
(bonus)
09. Channel Swimmer
10. Good News

Personnel:
Eric Stewart : guitar, vocal, keyboards, percussion
Lol Crème : keyboards, vocal, percussion, guitar, vibraphone, violin, autoharp, mandolin
Graham Gouldman : bass, vocal, guitar, autoharp, mandolin
Kevin Godley : vocal, percussion, drums, synthesizer, cello