1970年4月10日のマイルス・デイヴィスです。またしてもロックの殿堂フィルモアですが、今回はウェストの方です。対バンはフィルモアらしく、グレイトフル・デッドでした。この時期、レーベルはマイルスをロックとして売ろうとしていたようです。ロックの方が売れますからね。

 この二枚組アルバムは「ブラック・ビューティー」と名付けられて、1973年に日本でのみリリースされました。日本のマイルス愛が偲ばれる出来事です。日本ではジャズといえばマイルス、この頃、ジャズにはとんと疎かった中学生の私でも彼の名前だけは知っていました。

 米国で正式にリリースされたのは1997年のことです。日本盤では2枚組に各面が「ブラック・ビューティー」という曲名で表記されていましたが、米国盤では9曲に分解されて、それぞれの曲名が記されました。ちゃんと作曲印税を払う必要があったからということです。

 そのことも米国盤がなかなかリリースされなかった理由のようですが、日本ならいいのかという疑問がふつふつと湧き上がってきます。ともあれ、80分弱の切れ目のない演奏ですからこういうことが起こります。この時期のマイルス音楽の一つの特徴でもあります。

 メンバーはセクステット構成で、特筆すべきはウェイン・ショーターが抜けてスティーヴ・グロスマンが加入していることです。その他の5人は3月のフィルモア・イーストでのライヴと同じです。グロスマンのツアーへの本格的な参加はこれが初めての模様です。

 この時期のマイルスはといえば、「ビッチェズ・ブリュー」がいよいよ発売されて話題となっていましたし、続く「ジャック・ジョンソン」セッションが3日前に終わったばかりという時期にあたります。ロックの聴衆に向けて演奏をぶちかますにはうってつけの状況です。

 観客のお目当てはグレイトフル・デッドであったことだろうと思います。この時期のデッドは「ライヴ/デッド」を発表した頃ですから、後の大御所を思い浮かべるとちょっと違います。まだこの頃は気鋭のサイケデリックなロック・バンドでした。

 デッドの魅力はフリーなジャム・セッションにありましたから、言ってみればマイルスのこの当時の演奏と親和性は高い訳で、イーストでのニール・ヤングに比べればその聴衆はマイルスの音楽を愛でる素地ができていたと思います。案の定、観客はくぎ付けになったそうです。

 デッドのフィル・レッシュはマイルスの音楽を聴いて、その後に演奏することに恐れをなしたそうですが、ジェリー・ガルシアはマイルスを訪ねて親交を深めました。同じジャム演奏でも統制のとれたマイルスと緩めのデッドでは両極端ですから両様の反応があり得ます。

 ここでのセクステットの演奏ですけれども、個人個人のソロを生かすためには切れ目なしの方が良いというマイルスの判断で一続きの演奏になっていますが、ハイエナジーで一気に押すというよりも、バラエティーに富んだ構成になっており、意外に耳に優しいです。

 初参加のグロスマンのソロがうるさいという悪評がたっていますが、まだ若いグロスマンの気負いを愛でたいものです。「ビッチェズ・ブリュー」後のふっ切れたマイルス・バンドの演奏が楽しめる作品です。しかし、これがデッドのオープニングかと思うと何とも感慨深いです。

Black Beauty : At Fillmore West / Miles Davis (1973 Columbia)



Songs:
(disc one)
01. Directions
02. Miles Runs The Voodoo Down
03. Willie Nelson
04. I Fall In Love Too Easily
05. Sanctuary
06. It's About Time
(disc two)
01. Bitches Brew
02. Masqualero
03. Spanish Key / The Theme

Personnel:
Miles Davis : trumpet
Steve Grossman : soprano sax
Chick Corea : piano
Dave Holland : bass
Jack DeJohnette : drums
Airto Moreira : percussion