国家権力による圧倒的な暴力が何の罪もない個人の身に降りかかってくる光景を目の当たりにすると、ひとまずその恐ろしさに戦慄して立ち竦むことしかできません。それではいけないと思っていても声を上げることはなかなかに難しいことです。

 暴力のスケールなど関係ありません。振り降ろされた当人にとっては犠牲者が100万人であろうが一人であろうが同じこと、0か100かの世界です。目撃者となっている今、何ができるのか否応なしに真剣に考えざるをえません。大変なことになりました。

 この作品はインドのボリウッド映画「ニューヨーク」のサウンドトラックです。ジャケットを眺めると、いかにもボリウッドらしい若い男女3人の恋模様を描いた恋愛映画のように思ってしまいます。私もDVDをジャケ買いしたのでそう思っていましたが、実際に見て驚きました。

 映画の舞台はもちろんニューヨークです。時代は2001年。そうです。911直後のニューヨークです。向かって左のジョン・アブラハムが演じる主人公サムはアメリカの大学で勉強中でしたが、自由の女神を見に行ったというだけでテロリストの嫌疑で当局に拘束されます。

 拘束されてひどく拷問を受けたサムは心を大きな傷を負い、釈放された後本物のテロリストになっていきます。彼を支えようと心をつくす女性をカトリーナ・カイフが演じます。私は彼女をお嬢様俳優だと思っていたのですが、この映画で心底見直しました。

 この時期、テロリストを疑われてひどな目にあった南アジア系住民が多数いた模様です。断定はできませんが、インド人コミュニティでは根強くこの話が出回っていました。グアンタナモ基地の話などを聞くと、この種の国家暴力は十分あり得た話に思います。

 そんな重いテーマを扱った映画なだけに、いつもは調子のいいボリウッドのサウンド・ディレクター、プリタムもここでは大人しいです。キャッチーなメロディーはいつも通りですが、幾分しっとりとしています。KKやスニディ・チョーハンもここでは抑えめに歌唱をしています。

 とりわけ私がボリウッドのプレイバック・シンガーの中でもっとも好きなチョーハンが歌う「メレ・サング」は名曲です。映画のシーンを切り取ったMVも秀逸です。ジョンとカトリーナの心のひだを存分に描き出しており、映画を思い出して胸にこみあげるものがあります。

 「サムのテーマ」を歌っているのはカラリサ・モンテイロというコマーシャル・ジングルの女王とも言える女性で、こちらも鎮魂歌のような歌い方です。この作品はその内容にぴったりと寄り添っています。まさにサウンドトラックのあるべき姿です。

 さらに、自らの音楽を「インディアン・リリカル・コンテンポラリー・エレクトロニカ」と称する独立系作曲家パンカジ・アワスティの曲も収録されています。エレクトロニカと伝統楽器の融合を試みるシンガーで、古典音楽の奏者トーフィク・クレイシーの打楽器を得て秀逸です。

 このアルバム単独でも十分に素晴らしいのですが、映画の内容と切っても切れないサウンドトラックですから、映画を見ていると100倍楽しいです。ボリウッド・スタイルの歌曲集ですけれども、フィルムスコアを集めたサントラ並みに映画に密着しています。心に沁みます。

*2013年12月12日の記事を書き直しました。

New York / Pritam (2009 Yash Raj)



Songs:
01. Hai Junoon
02. Mere Sang
03. Tune Jo Na Kaha
04. Aye Saaye Mere
05. Hai Junoon (remix)
06. Mere Sang (remix)
07. Sam's Theme
08. New York Theme

Personnel:
KK, Sunidhi Chauhan, Mohit Chauhan, Pankaj Awasthi, CarLisa Monteiro : vocal
Dj Phukan, Clinton Ccerejo, Jim Satya, Pankaj Awasthi : songs programming
Toufeeq Qureshi, Vibhas Raul : Indian percussion
Dhruba Jyoti Phukan : keyboards programming
Kalyan Baruha, Tushar Parte, Shish Pandit, Pawan Rasaily, Ankur Mukherjee : guitaar
PMK Naveen Kumar : flute
Dilshad Khan : sarangi
Suresh Lalwan : violin
Rana Mazumder, Hrishiesh Kamerkar, Dominique Cerejo, Clinton Cerejo, Vivinne Pocha, Bianca : chorus