アフガニスタンには一度だけ行ったことがあります。自由に外出できるわけでもなく、窮屈な滞在でした。しかし、車窓から見える活気あふれるカブールの街や、飛行機から見た山間の村落には、当たり前ですが人々が逞しく生きている世界があることを実感しました。

 本作品はアフガニスタンの歌手ナシェナスの発掘音源を集めた作品集です。発表は思いもよらぬ音源を発掘することで有名なロンドンのストラト・レーベルからです。アジアの音源を発掘する新シリーズの一つとして発表されました。いい仕事ですね。

 ナシェナスはダリー語で「不詳」という意味です。本名はドクター・ムハンマド・サディク・フィトラットですけれども、父親に歌っていることを知られたくないために、氏名不詳の歌手としてラジオに登場したといういきさつです。それを生涯使い続けるのも面白いです。

 ナシェナスは1935年にアフガニスタン第二の都市カンダハルに生まれました。その後、銀行員だった父とともに家族でパキスタンやインドでの生活を経て、多くの悲劇を生んだインド・パキスタンの分離独立後、1948年にアフガニスタンに戻っています。激動の時代です。

 その後、ナシェナスは英語や近隣諸国の言語に堪能であることをアピールして、16歳にしてラジオ・カブール、後のラジオ・アフガニスタンに職を得ます。もともと音楽にただならぬ興味を抱いていたナシェナス少年はやがて局の音楽放送に係わることになります。

 その立場を生かして、ラジオの生放送で歌い出したナシェナスですが、幼少の頃の外国暮らしが災いして「アクセントが変」だとして、歌手デビューは散々でした。しかし、彼はそれでくじけません。父親には内緒で独学で音楽を学び、やがて世間に認められるようになりました。

 アフガニスタンはその後混迷を深めるわけですが、ナシェナスは1990年代初めまでアフガンにとどまり、ラジオ・アフガニスタンの社長にもなっています。しかし、その後はロンドンに居を移し、今に至るもアフガンの伝説的な歌手として活動を続けています。

 この作品はナシェナスがラジオ・アフガニスタンに残していた生放送の録音をイランのロイヤル・レーベルがレコードにしていたものをCDにコンパイルしたものです。本人も見たことがないというレコードで、正確な録音日時も分かりません。しかし、音質は抜群です。

 本作品は、作中の楽曲「ライフ・イズ・ア・ヘビー・バーデン」をアルバム名とし、「アフガニスタンのガザルとポエトリー」と副題が付けられました。ガザルは中東・南アジアの定型恋愛抒情詩のことですが、南アジアではより広く地元の歌謡を指すと理解してよいと思います。

 ナシェナスは完全に独学だそうですが、もちろん伝統的な南アジア歌謡を範としていますから、奇をてらっているわけではありません。インドで流行っているきらびやかな現代ガザルに比べるとかなり地味で正統派な感じを受けます。重厚です。

 ハルモニウムと打楽器を中心とする最小限の演奏とともにナシェナスのストイックで豊かなニュアンスを秘めた歌声が繰り出されると背筋が伸びます。ジャケット写真そのままです。こんな宝石が埋もれていたとは驚きです。アフガニスタンも文化豊かな国なんです。

Life Is A Heavy Burden / Nashenas (2022 Strut)



Songs:
01. The Way I Love My Beloved
02. Your Sorrow Is Killing Me
03. Flower Had A Thorn
04. I Am Happy Alone
05. Life Is A Heavy Burden
06. O Beloved, The Sorrow Of Your Love Destroyed Me
07. The Author Of Destiny

Personnel:
Nashenas : vocal