イランイランは東南アジアの樹木です。インドネシアでは新婚夫婦のベッドにイランイランの花を散らすのだそうで、さすがは「花の中の花」と呼ばれるだけのことはあります。そんな樹木の名前をアーティスト名にしたシンガー・ソングライターがイラン・イランです。

 彼女はディスクユニオン主催オーディションに最終合格したアーティストで、ファースト・アルバムを2018年に発表しています。本作品はそれから3年半を経て発表されたセカンド・アルバム「インナー・トング」で、ディスクユニオンのレーベル、ディム・アップからの発売です。

 道理でディスクユニオンの店舗を訪れると目立つわけです。タワー・レコードやHMVの攻勢にも耐え、配信全盛の荒波にもめげずに昔から頑張っているディスクユニオンさんには頭が下がります。何とかこのまま頑張ってほしいものです。応援しています

 さて、イラン・イランです。彼女は「アンビエントソングライターとして創造を続ける女性アーティスト」です。「奔放に浮遊する声、ひとすじの旋律と言葉が揺るぎなく未来を切り開いてゆく。そして真実を見透かすような、醒めたアンニュイヴォイスが耳元でささやく」。

 その紹介文の通り、イラン・イランはアンビエント・テイストも色濃いシンガー・ソングライターです。ハスキーなウィスパー・ヴォイスがアンビエント空間を浮遊します。決して熱くなることなく、それでいて達観するわけでもない、リアルな歌声です。

 演奏はエレクトロニクスを駆使したというわけではなく、ドラム、ベース、ギター、ピアノを中心としたジャズ・テイストのオルタナ・ロック仕様です。このシンプルな演奏とその録音の仕方がとてもアンビエント的です。それぞれの音の余韻までしっかりと捉えられていて幻想的です。

 演奏しているのは、アラウンド・ア・グリーンなるデュオを組んでいるドラムの原島燎平とベースの立花陽平、2015年度エマージェンザ・ジャパン・ベストギタリスト賞を受賞している三木雄輝にピアニストの宮島れいらを加えた四人が中心です。

 面白いことに原島は2016年、宮島は2017年にそれぞれ洗足学園音楽大学ジャズコースを首席で卒業しています。そこからも分かる通り、ジャズ畑のミュージシャンが中心になっているということです。楽器の一音一音を慈しむ感覚はジャズの人ならではです。

 そういうテイストがイラン・イランの描く世界にはぴったりと適合しています。音数の少ないオーガニックなサウンドがアンビエントに処理されていて、ため息が出るほど美しいです。その録音も愛がこもっていて素晴らしい。極上の演奏です。

 そんな演奏にのせてイラン・イランがささやくように歌います。けっして饒舌に言葉を詰め込むことなく、まるで俳句のような短いフレーズで世界を作っていきます。デビュー当時、ノラ・ジョーンズやファイストと比肩されたことも納得です。

 ここまでサウンドにこだわったシンガー・ソングライターも珍しいかもしれません。アンビエントな宇宙が広がるようなスケールの大きさを感じさせてくれます。自己憐憫など微塵もなく、どこまでもクールなサウンドに酔ってしまいました。かっこいいです。

Inner Tongue / ylang ylang (2022 dim up)



Songs:
01. I'm Alone
02. Contrast
03. Directly
04. Sou
05. Stoic
06. Don't Lie Me
07. Ira Ira 2022
08. Gradation
09. Te To Te
10. Dreaming

Personnel:
ylang ylang
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三木雄輝 : guitar
立花陽平 : bass
原島燎平 : drums
宮島れいら : piano, keyboards
三輪柴乃 : strings