前作から2年、思いのほか時間がかかってしまいました。チープ・トリックの8枚目のスタジオ・アルバム「スタンディング・オン・ジ・エッジ」です。1980年代半ばのチープ・トリックは一般に低迷期と認識されており、本作品もその代表格です。

 この頃の作品は発売後しばらくして廃盤となり、長らく入手困難な状態が続いていました。ただし、それを伝えるウィキペディアの記事にはいずれのアルバムについても「日本を除く」と添え書きがされています。日本はチープ・トリックを見捨てませんでした。

 このアルバムは米国では前作を上回る売れ行きでトップ40入りまで果たしているにも関わらず廃盤。一方、本作品は日本では久しぶりにアルバム・チャートに入らなかったにも関わらずしっかり入手できる状態に置かれていた。日本のよいところですね。

 注目のプロデューサーはというと、何とチープ・トリックのデビュー作を手掛けたジャック・ダグラスが戻ってきました。初心に戻って、生きのよいハード・ロック路線に回帰することを意図したのではないかと思われます。実際、その気配は感じることができます。

 ところが、さまざまな事情でダグラスはプロデューサーの仕事をしっかりと果たすことができず、最終ミックスはトニー・プラットの手にゆだねられました。プラットはキーボードや電子ドラムを追加するという荒業にでて、ハード・ロック路線には修正が加えられました。

 バーニー・カルロスはこれに不満があったようで、アルバムにおける彼のクレジットはアコースティック・ドラムスとなっています。チープ・トリックは何かとプロデューサーに話題が多いバンドです。リック・ニールセンが自分でやればいいのに、と誰しも思ったところです。

 そんな周辺事情が聞こえてきますが、今回もアルバムからはチープ・トリックらしいサウンドが聴こえてきます。しかし、本作品では曲作りのお手伝いにセサミ・ストリートでも有名になるマーク・ラディスが迎えられて、10曲中7曲を共作しています。これが最大の特徴です。

 とはいえ、ニールセンたちの曲作りの引出はとても多いので、正直、ラディスの役割はどれほど大きいのかよく分かりません。チープ・トリックのこれまでの振れ幅から大きく逸脱しているわけではありません。相変わらずキャッチーできらきらした曲ばかりです。

 本作品からシングル・カットされたのは名曲「トゥナイト・イッツ・ユー」です。カルロスを除く3人のメンバーとラディスが共作したこの曲は、トップ40入りこそ逃しましたが、そこそこのヒットとなり、MVはMTVで結構なヘビロテとなっています。ポップ・マエストロらしい曲です。

 この曲を始め、アルバムにはキャッチーな曲が目立ちますし、最後まで貫徹できなかったとはいえ、ジャック・ダグラスらしくハードなサウンドの装いがかっこいいです。人気絶頂の頃の華やかさには欠けるものの、地に足のついたサウンドは渋ささえ感じます。

 チープ・トリックは、この後でもう一度どかんと人気が出ます。本作品などはその山と山の間の谷間の時期に発表されたため、何かと影が薄いことになっています。最高傑作とはいいませんが、さすがはチープ・トリック、けっして駄作などではないと思います。

Standing On The Edge / Cheap Trick (1985 Epic)



Songs:
01. Little Sister
02. Tonight It's You
03. She's Got Motion
04. Love Comes
05. How About You
06. Standing On The Edge
07. This Time Around
08. Rock All Night
09. Cover Girl
10. Wild, Wild Women

Personnel:
Bun E. Carlos : acoustic drums, cymbals
Robin Zander : vocal, rhythm guitar
Rick Nielsen : guitar, keyboards
John Brant : bass
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Mark Radice : keyboards