この作品はフランスで行われたギターと舞踊の異種格闘技戦の記録です。青コーナーはフリー・インプロヴィゼーション界の重鎮デレク・ベイリー、赤コーナーは今や一般には俳優としての知名度が高くなった舞踊家田中泯です。二人は1978年からたびたび対決しています。

 セッションが行われた場所はパリのラ・フォルグ、どうやら使われなくなった鍛冶場の模様です。時は1980年7月で、「レイン・ダンス」と題されたA面は6日、「サタデイ・ダンス」とされたB面は4日の収録です。それぞれ28分、26分の対決です。

 私の手元にあるのはカセット・テープです。レーベル名など何もなく、プライベート・リリースのようでした。正式に発売されたわけではないと思っていたのですが、1997年1月にCDとして再発され、今やサブスクリプションでも聴くことができます。驚きました。

 実は私はこのテープを1981年秋に行われたMMD計画にて入手したように記憶しています。MMD計画は田中とベイリーにドラムのミルフォード・グレイヴスを加えた三人によるライヴ企画です。私の音楽観に大きな影響を与えた恐るべきステージでした。

 田中の舞踏は脳裏にしっかりと焼き付いています。ほぼ全裸で、時にゆったりと時にせかせかと舞台を動き回る。しゃがんだと思えば飛び上がる。手や足を縦横無尽に素早く動かす。まるで子どものような動きにも見える、それまで見たこともない踊りでした。

 ベイリーとミルフォードはギターとドラムによる即興演奏を繰り広げます。三者は目を見合わせることもほとんどなく、好き勝手しているようでいて、ばらばらになるわけでもなく、それでいてかっちりとまとまるわけでもない。三人が一つの天上の生き物のようでした。

 田中の踊りは太鼓に合わせてステップを踏むというような通常の踊りとは全く違います。したがって、MMDからミルフォードが欠けている本作品においても、田中の踊りを頭の中で再現するに何ら支障はありません。むしろ、こちらの方が分かりやすいかもしれません。

 この作品におけるベイリーのギターはいつになく饒舌で柔らかいです。他のミュージシャンとのデュオ作品も多いベイリーですが、同じ言葉を話すもの同士の勝負に比べると、ジャンル違いだけに相互作用の発現の仕方が立体的になっている気がします。

 「レイン・ダンス」では、ダンスの途中に激しい雨が打ちつけてきます。幸い、短時間で小ぶりになったようですが、二人の勝負をいや増しに盛り上げます。雨が降らない「サタデイ・ダンス」と対比すると、やはり周囲の環境の影響がサウンドにも現れることが分かります。

 流れてくる音はベイリーのギターと田中が踊っている足音だけではなく、周囲の環境音が混ざっています。映像はありませんから、田中の存在感が薄いかといえば、そんなことはなく、その気配が横溢しています。ベイリーのサウンドに田中の舞踏が乗り移っているんです。

 とはいえ、実際に二人の姿を目の当たりにしたとしないでは、本作品との距離感は違うでしょう。ただし、本作品はベイリーのギターだけを聴いても十分に素晴らしいです。是非、他のベイリーのソロ作品との違いがイコール田中泯の気配であると逆算してみて頂きたいです。

Music and Dance / Derek Bailey & Min Tanaka (1980)



Songs:
Side A : Rain Dance
Side B : Saturday Dance

Personnel:
Derek Bailey : guitar
田中泯 : dance