ピンク・フロイドの「全人類に対する警鐘?」を鳴らした「全人類待望のニュー・アルバム」です。原題は「ディヴィジョン・ベル」で、英国下院で議決に際して使われる鐘の名前ですが、邦題は対立を表しているといわれるジャケットにちなんで「対」となりました。

 前作から7年、世間にはピンク・フロイド飢餓状態が生まれていましたから、「全人類待望のニュー・アルバム」であったことは間違いありません。長らく穴埋めをしてくれていたトリビュート・バンド、オーストラリアン・ピンク・フロイドにとっても新作は嬉しかったことでしょう。

 日本盤の帯の言葉を証明するがごとく、本作品は発売されるやいなや、英米で1位を獲得、日本でも7位、全世界で1200万枚を売り上げる大ヒットを記録しました。1990年代も半ばにさしかかってなお、世間はピンク・フロイドを渇望していたのでした。

 ただし、音楽評論家の受けは最悪でした。酷評の嵐。お金儲けのために昔の栄光を利用しているだけの形骸化した音楽だというのが通り相場でした。ロック評論家は昔のピンク・フロイドを聴いて育ってきているので、そう言いたがる気持ちも分からないではありません。

 しかし、そんなピンク・フロイド幻想を抱いていない人々には十二分に楽しめる作品であることは間違いありません。そうでなければさすがにここまでの大ヒットにはならないでしょう。さすがはブリティッシュ・ピンク・フロイドです。スケールの大きな作品を仕上げました。

 もちろんロジャー・ウォーターズは不参加ですが、一応リチャード・ライトは戻ってきて無事に3人組となりました。三人一緒に即興で演奏して、その断片から曲が出来上がっていったそうです。がっしりした建築型のアーティストだと思っていたのでちょっと意外な気がしました。

 さて、本作品は何かと話題が豊富です。ピンク・フロイドはアルバム中の曲「孤立」で初めてグラミー賞を受賞しました。ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門とちょっと地味ですが。また、「キープ・トーキング」ではかのスティーブン・ホーキンス博士の声が収録されています。

 シングル・カットされて英米で1位となった「テイク・イット・バック」はデヴィッド・ギルモアによるU2へのオマージュとなっています。U2のジ・エッジはギルモアを崇拝しており、彼のオマージュへの答礼となっているとのこと。ジ・エッジのギター・スタイルに影響していたとは。**

 ライトも曲を書いたり、ボーカルをとったりと、これまでの憂さを晴らす活躍をしています。また、多くの楽曲で作詞者の一人となっているポリー・サムソンは、ギルモアの心のよりどころとして本作品をまとめあげる大役をになっています。二人はやがて結婚します。いい話です。

 アルバムは全体に宇宙を感じさせる奥行きと広がりをもった、ゆったりとしたサウンド作りがなされています。ドローン・サウンドがピンク・フロイドの特徴であったことを再認識します。これこそがピンク・フロイド、全人類が待望していたサウンドです。

 ただし、もちろん時は1994年です。ピンク・フロイド・サウンドも60年代、70年代、80年代、90年代とそれぞれの時代の録音技術によって肌触りが異なります。ここでは90年代らしく硬質なサウンドになっており、このサウンドもなかなか捨てがたいと思いました。

*2012年5月6日の記事を書き直しました。
**まなみさんにご教示頂きました。ありがとうございました。コメントが消えてしまい申し訳ありません。

The Division Bell / Pink Floyd (1994 EMI)



Songs:
01. Cluster One
02. What Do You Want From Me
03. Poles Apart 極(きわみ)
04. Marooned 孤立
05. A Great Day For Freedom 壁が崩壊した日・・・
06. Wearing The Inside Out
07. Take It Back
08. Coming Back To Me 転生
09. Keep Talking
10. Lost For Words
11. High Hopes 運命の鐘

Personnel:
David Gilmour : guitar, vocal, bass, keyboards, programming
Nick Mason : drums, percussion
Richard Wright : keyboards, vocal
***
Jon Carin : programming, keyboards
Guy Pratt : bass
Gary Wallis : percussion
Tim Renwick : guitar
Dick Parry : tenor sax
Bob Ezrin : keyboards, percussion
Sam Brown, Durga McBroom, Carol Kenyon, Jackie Sheridan, Rebecca Leigh-White : backing vocal
Michael Kamen, Edward Sheamur : orchestrations