このアルバムが発表された際、「炎」とされた邦題を巡ってちょっとした騒ぎになりました。ピンク・フロイド得て力が入るCBSソニー**がつけた邦題ですけれども、フロイド側からは同名タイトル曲の邦題を「あなたがここにいてほしい」と指定してきたという事情がありました。

 アルバムのテーマは「火・水・土・空気」の四つのエレメントだと伝わっていますし、ジャケットでは男の人が燃えているので、「炎」はあながち根拠がないわけではありませんが、ピンク・フロイドの伝えたいメッセージをないがしろにするものだと非難の声が上がったのです。

 洋楽作品にはまるで関係ない邦題がつけられることも結構ありますけれども、こんなに真面目に議論になったのはこのアルバムくらいでしょう。それだけ、ピンク・フロイドが、と言いますか、プログレッシブ・ロックが真剣に聴かれていたということです。

 このアルバムは超ウルトラメガヒット作品「狂気」に続く作品です。前作から発表までに2年半かかっています。前代未聞の大ヒットの後ですから苦しかったことでしょう。制作途上で聞こえてきた話は「一切楽器を使わないアルバムを制作中」というニュースでした。

 その楽器レス・アルバムは実際に制作が始まっていたと言われています。「アランのサイケデリック・ブレックファスト」のような曲もありますから、ありえない話ではありませんけれども、ピンク・フロイドにはそうしたサウンドは似合いませんから、完成しないでよかったです。

 その反動もあるのか、前作よりもアコースティックな感触が強まりました。よりシンガー・ソングライター的になってきたと言えるかもしれません。音数はさらに少なくなり、各楽器の音色がとても丁寧に録音されています。楽器レスでなくて本当に良かった。

 それを代表するのが冒頭の「クレイジー・ダイアモンド」における7分間に及ぶデヴィッド・ギルモアのギター・ソロです。ロック史上に残る素晴らしいギター・ソロです。私にはもうこれだけでアルバムの存在価値があります。揺れるような音色が本当に素晴らしい。

 「クレイジー・ダイアモンド」は最初と最後にたっぷりと収録されています。初期のリーダーで精神のバランスを崩してバンドを去ったシド・バレットのことを歌った曲だということで、本作品の中心にでんと坐っていて、アルバム全体に重苦しい雰囲気を漂わせています。

 しかし、あまりシドのことに言及するのはどうでしょうか。そんなことを知らなくても、このサウンドを聴けば、何か精神に重くのしかかる大事件があったこと、それを乗り越えてようやく明かりが見えたかもしれないことは分かります。あまり立ち入る必要もない。

 私は大たい音楽をあれこれ深読みするのは好きではありません。オスカー・ワイルドは「外見で判断しないのは底の浅い人間だけだ」と名言を残しています。音は音として楽しむべきでしょう。あれこれ御託を並べるブログを書いている私が言うことではないでしょうが。

 あれこれ書きましたが、私はこのアルバムが大好きです。フロイド史上初めてゲスト・ボーカリスト、ロイ・ハーパーを起用した「葉巻はいかが」も名曲ですし、要するに全部が名曲です。実は「狂気」よりも好きなんですが、世間はそうではないところが寂しいです。

*2012年4月15日の記事を書き直しました。
**過去にねこぱんさんにご指摘頂いて、東芝からCBSソニーに訂正しています。

Wish You Were Here / Pink Floyd (1975 Harvest)



Songs:
01. Shine On You Crazy Diamond (Parts 1-5) クレイジー・ダイアモンド
02. Welcome To The Machine ようこそマシーンへ
03. Have A Cigar 葉巻はいかが
04. Wish You Were Here あなたがここにいてほしい
05. Shine On You Crazy Diamond (Parts 6-9) クレイジー・ダイアモンド

Personnel:
David Gilmour : guitar, vocal
Nick Mason : drums
Roger Waters : bass, vocal
Richard Wright : keyboards, piano, vocal
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Dick Parry : sax
Roy Harper : vocal
Venetta Fields, carlena Williams : backing vocal